ひとり気ままな日曜日|1920(大正9)年6月27日(日)|
📗 1920年(大正9年)の日記です。書いたのは18歳の祖父、読んでるのは106年後の孫(私)。
旧制中学を出たばかり。
小学校の教員を目指して受験した師範学校は、不合格でした。
来年こそ!と思いながら、親戚の家に居候しつつ田舎の小学校で非正規の代用教員をしていたころの話です。

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🧭 この日のあらすじ
高山の実家に帰ってきている週末。
母と妹は反対に、下宿先の石松家へ(石松家は母の実家でもあります)。
1人で気楽な日曜日。
ゆっくり起きて、時計の修理に行き、テニスのラケットを入れる袋を注文し、夕方、下宿に戻る。
帰り道、母と妹にすれ違う。
📅 日記本文
母、石松に妹と行かる。
8時まで寝た。
時計屋に時計を直しに行く。
○山にて、ラケットの袋を作ってもらう。
午後5時、家を出発す。
途中にて母と妹に会う。
💭 孫のつぶやき
母はこれまでも、息子である祖父の下宿先・石松家によく山菜摘みに来ている。
てっきり「ついでに息子の顔を見に来てるんだろうな」と思っていたけど、今日の日記を見ていると、祖父が不在のときに自分の実家にわざわざ出かけているわけで…
純粋に山菜が目当てだったのでは、という疑惑が濃くなってきた。
でも休みの日、あえて1人で放っておいてあげるという優しさだったのかもしれないな。
祖父の母のシゴデキエピソードはこちら↓

