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寒稽古も、最高学年になると|1920(大正9)年1月12日(月)|

📓 1920年、17歳だった祖父が書いた日記を、 孫である私が、106年前のこの日に紹介しています。  
仮名遣いは今の表記にしています。
読めない字や謎ワードも時々ありますが、100年前の味ということで、ご理解ください。


🧭 この日のあらすじ

今日から柔道の寒稽古が始まる。
昨夜は遅くまでかるたをしていたので、朝は7時に起床。
校長からは、雪投げについての注意があった。
私のクラスで寒稽古に参加したのは、6、7人ほどだったらしい。
物理教室は電気の設備がよくて、便利だなと思った。


📅 日記本文


今日より寒稽古あり

朝起きたるは、7時であった。
(昨晩かるたなどして11時までいたので)
朝、校長より雪投げにつき注意あり。
寒稽古、今日よりあり。
我組にては
6,7人出たそうである。
物理の教室は、
電気の設備良くて
便利なり。
夜、湯に行く。

📌 背景メモ

寒稽古
祖父の学校では、毎年1月は朝、柔道の寒稽古がありました。
1918年(この日記の2年前)にも寒稽古について何回か書いています。


💭 孫のつぶやき

昨夜は遅くまでかるた、朝は7時起き。
寒稽古は始まりましたが、気合いはほどほど、といった様子です。

3年生の頃の日記には、寒稽古に熱心に参加している姿が記されていますが、
最高学年である5年生となった今年の日記からは、どこか「こなれ感」のようなものが感じられます。
この後の別の日の日記を読むと、寒稽古にきちんと参加している日もあれば、少し遅れて合流している日もあったようです。

ちなみに、ここでいう寒稽古は柔道の稽古です。
「柔道の父」嘉納治五郎先生はこの時まだご存命で、上野のお寺にわずか12畳の講道館を設立されてから、すでに38年が経っていました。

身体が弱いという自覚があった祖父は、柔道、そして寒稽古という辛い経験を通して、
自分を鍛えたいという思いを持っていたのだと思います。