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ひょうたんと、春ま|1920(大正9年)5月4日(火)|

📗 1920年(大正9年)。旧制中学を卒業したての18歳の祖父が書いた日記を、孫である私が106年後の同じ日に公開しています。
小学校教員を目指して師範学校を受けたけど不合格。
「来年こそ!」と誓いつつ、親戚の家に居候しながら、非正規の「代用教員」として田舎の小学校の子どもたちに勉強を教えていた、そんな18歳の春の話です。


🧭 この日のあらすじ

校長先生は不在。
だんだんと子どもたちがこちらの言うことを聞いてくれるようになって嬉しい。
朝、ひょうたんでおもちゃを手作りし、夜、2階で、先月生まれたばかりの"春ま"と遊んだ。


📅 日記本文

校長先生見えず。
だんだん子どもがおとなしくなるから嬉しい。
朝、(判読不能)でひょうたんを作る。
夜、二階で春まと遊ぶ。


📌 背景メモ

○○○でひょうたんを作る
ここが読みづらく…色々と可能性を考えましたが、わからないまま推測も交えて、えいっと公開!
生のひょうたんの実から加工するのは結構大変なので、もともと器として加工・乾燥済みのひょうたんを使って、赤ちゃんのラトル(ガラガラ)を作ったんじゃないかなと思います。

中に玉を入れて、振るとカラカラ鳴るように

春ま
初めて出てきたお名前です。
「春ま」というのは、「春さま」の略で、どちらかと言うと「春ちゃん」に近いニュアンスです。
4月27日の日記に登場する、叔母さんの赤ちゃんじゃないかなと思っています。
4月生まれで「春」ちゃん。祖父にとっては従姉妹です。



💭 孫のつぶやき

4月22日の日記では「皆の品行悪くて大心配」していた祖父ですが、悪ガキたちも新米先生に慣れて(飽きて)きたのか、悪さをしなくなってきたようです。よかったよかった。
ちなみに、悪さって、あれかな。黒板消しを扉の上に挟んで、先生が入ってきたら落ちてくるやつ。

そして、まだ生まれて1週間の「春ま」。
祖父手作りのひょうたんラトル(ガラガラ)に反応したかどうかはわかりませんが、新生児が時折見せる「にんまり」顔に、祖父、絶対癒やされてますよね。