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責任感を持つことと自分のせいだと思うこと
最近、自分のせいだと思っていたから真の原因を見逃していたな、ということがありました。
自責思考について、いくつかの記事を書いてきました。これまでは、主に、自責思考にとらわれすぎると生きづらくなるという観点から考えてきました。たとえばこの記事など。
今回はそこから一つ進んで、自分のせいだと思うことによって、真の原因ではないところに意識が向いてしまい、原因を取り除いて解決することができない状態に陥ってしまうことがあるという問題点を発見しました。
そのことに気づいたときに、これまで、私に対する言葉ではないことも含めて、「何でもかんでも自分のせいにしてはいけないよ」と言っていた人たちのことを思い出しました。あの言葉には、勝手につらくならないでという気持ちへのアプローチに加え、それでは解決できないよというもっと根本的な思いがあったのかもしれないなあと、今さらながらに思い至ります。
他責思考を反省するときに、目指すべきは自責思考ではないのかもしれません。
誰かを責めるのではなく、真の原因を究明することが大事です。その原因は一つではなくいくつかの大なり小なりのものが複雑に絡み合っていることが多く、その中には他人によってもたらされたものと、自分によってもたらされたものと、そのどちらでもないものがあるのだと思います。その分類の中では、自分によってもたらされたものが自分によって解決することが一番容易なことが多いと思うので、そういう意味ではそこに解決の糸口を見つけることは理にかなっています。それはあくまで、解決に向けた合理的な道筋だからそうするのであって、自責思考をすることが目的ではないことに自覚的であるといいように思いました。
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