なぜ私は2度も元旦那にお金を貸してしまったのか?(1度で学べよ。)Part.6
本業とは別にバイトを始めた元旦那。
でも、中身を教えてくれなかった。
自分の通信料や保険代はそれでなんとかまかなわれてる。としか答えない。
明細もない。
誰かのために買ったアクセサリー。
私のとはサイズが違う指輪…。
そんなものが見つかりました。
贈り物のようでした。私はもらっていません。
例のバイト代から出したんでしょうか。
私は昔から地図とか間取りとか見るのが好きなのですが、この頃はよく、賃貸物件の検索をしていました。
こんなとこに住めたらいいのになーって。
そうすると心が落ち着いたんです。
ささいなケンカが長引き、子どもの前で
ささいなケンカが長引いていました。
もうどうすればいいかわからなかった。
いつも、「次からどうするか。」
彼の持つ正解に辿り着くまで、許してもらえない。
体から血の気が引いていく。体温が下がる。
苦痛な時間が続いた。
「どうしたらいいん?」と聞くと
「そんなもん自分で考えろ。」と言う。
そんなん、わかるわけないやろ。
わかってたら苦労せん。
どうしても腹が立った時は、「どうしてほしいの?」とわざと聞いていた。
この時もそう。
火に油を注ぐだけなのはわかっていても、言わない方がしんどい時もあった。
「なんやその口のきき方!」
幼い頃、父親に何度も浴びせられたセリフ。
私はまるで子どもみたいだった。
1歳になったばかりの娘の前で怒鳴り散らし、目の前にあったコップを割った元旦那。
コップの破片と、血があたりに飛び散った。
娘は今までに見たことないくらい泣き叫んでいました。
私「離婚してください。」
元旦那「おう、ええよ~。」
もう、本当にいいわ。
終わらせようと思った。
すんなりと、嫌みなほど軽快に離婚が了承されました。
了承されて、なぜかホッとしたのを覚えています。
元旦那「ガキはおいて行けよ。」
私「無理。ありえへん。」
元旦那「お前、前に生きてる心地せ~へんとか言うてたよな。鬱やろ。そんな奴が親権とれるわけない。」
無料弁護士相談
次の日にすぐ、無料弁護士相談の予約を入れ、後日相談へ行くことが決まりました。
そしてその日の夜。
「もうお前の好きなようにして。」と、冷静になった元旦那が、観念したように言いました。
「ガキのことも、今までの借金のことも、もう全部お前が決めてくれ。」と。
借金のこと覚えてるんや…
無料弁護士相談へ行く前に、手書きで簡単に、聞きたいことリストを作りました。
無料相談の時間は30分だったので、要領よく話をすすめないと超過してしまいます。
そうなったらそうなったでいいかと思いながらも、確実に聞きたい部分を紙に書いてまとめてから行きました。
私が確実に親権を取れるのかどうか。
これまで貸してきたお金。そもそもこれらを借金とみなせるのか?
今まず何をするべきなのか。
これに対する返答は、
1.普段子どもの世話をしているのは、母親である私。
私が子どもに虐待をしているなど、特別不利にはたらく理由でもない限り、この状況なら、一般的には母親が親権を得られる。
これはほぼ確実。
子育てをしていてしんどくなったときに漏らしたちょっとした言動で不利になるようなことはない。誰にでもあること。
そう聞いて安心した。
元旦那が子どもの目の前で怒鳴り散らし、コップを割った。どちらかと言えばその行為が虐待に当たるとの話も。
(それを聞き何か残す方がいい気がしたので、ゴミ箱から割れたコップを拾って、このトップ画を撮影しました。)
2.そもそもは、一緒に生活していて生活上必要とされるお金なので、借金とすることは難しい。が、本人が認めるのであれば、返してもらうことはもちろん可能。
3.もらったアドバイスとしては、
①早く家を出たほうがいい。
②養育費と借金に関する公正証書を作った方がいい。
家へ帰り、過去の家計簿を引っ張り出してきて、
・約束していた毎月の5万円(結婚するまでの期間)
・バイク代とそれにかかわる修理費、改造費
・原付、自動車の教習所代
・都度貸していた金銭
・軽自動車の購入費(元旦那が所有する)
・賃貸している住居の名義変更費用(私の名義で賃貸していた)
・当面の生活費
計算したら、総額およそ300万円。
元旦那に、これを借金とすることと、養育費は弁護士相談時に出してもらった金額で話をしました。
当面のお金もないくらいなので、借金を一括で返せるわけもない。
借金については、毎月2万円を養育費と合わせて分割で返済してもらう話になりました。
そこで公正証書の話をすると、
「公正証書は必要ない。俺はやる言うたことはやる。それでも作るって言うなら、わざわざ休み合わせて行くことになるんやから、お前が全部払え。」
と言われました。
「やる言うたことはやる。」は、そうかもしれない。
娘に対する愛情・父親としての責任という点では心配はあまりしていない。
そもそも公正証書ってどういうものかわかってない。
ちょっと面倒くさい気もしてきた。
でも、弁護士がわざわざアドバイスしたこと。
そして、親戚の税理士のおじさんが「協力するから絶対に作っておき。」と言って、内容を一緒に考えて文書まで作ってくれることになった。
作っておくに越したことないよな。そう感じました。
家を出るまで
どう暮らしていたかと言うと、普通に暮らしていました。
だけど、もう…何もかもが受け付けない。
こちらの苛立ちが伝わるのか、終始ケンカをしていました。
向こうはいつものキレ具合で、私も私でもう引く必要もないと思って、火に油を注ぎまくっていた。
職場の仲のいい既婚女性に電話をする元旦那
賃貸アパートの借主の名義が私になっていたので、元旦那名義に変更手続きをしました。
そのときに保証人になったのは、親でも兄弟でも友人でもなく、職場で仲良くしている既婚女性。
私が思ったことは、「知らんで。」
もう知ったこっちゃない。勝手にすればいい。
捨てセリフでもあるけど、お似合いやと思った。
ほとんど追い出された
ある日、またケンカがヒートアップし、
「もう今日にでも出ようと思ったら出れるやろ。そんなに嫌やったらさっさと出ていけ。子どもを言い訳にするな。」
と、まとめていた荷物から布団まで私の車に詰め込まれました。
荷物なんて、私と娘の衣服・生活用品と、食器・調理器具くらいしかない。
実家に帰るんだから、電化製品とかあっても困る。
置いていかずに私が持って出て、元旦那が新しく用意することになれば、借金がまた膨らむことになってたのか?
もう誰の何のためのお金かもようわからん。
…そんな生活ともやっとオサラバできるんだ。
「ありがとう。」
なんて言えばいいかわからなくて出た言葉が、ありがとうって…
返事はもちろんない。
後からなぜか悔しさが込み上げた。
しばらく車を走らせた後、
車を道路の脇に停めて、大阪に住む父親に電話をしました。
「ごめんやけど、今から行っていい?」
離婚するからしばらく住まわせてほしい。とは、事前に連絡はしていましたが、急な電話でした。
びっくりするかと思いきや、返ってきたのは「ええよ。」だけでした。
夜逃げのごとく荷物をぎゅうぎゅうに詰め込んだ車。
そんな光景をよそに、首をもたげてすやすや眠る娘。
「もうこれ以上、悪くなることはない。」
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
「へこたれんな。」
そう自分に言いながら、強く握ったこぶしで何度も足を打った。
とうに日が暮れた
暗い夜の高速道路をひたすらに走るのでした。
2022年、当時1歳になったばかりの娘を連れて大阪の実家へ戻りました。
~Part.7へ続きます~
~人生立て直し中。の私の自己紹介はこちら~
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