見出し画像

今までで一番「自由だ」と感じた瞬間は?

こんにちは、ぱんだごろごろです。
本田健さんの、「ハッピーライティングマラソン」第42回目のお題は、

『今までで一番「自由だ」と感じた瞬間は?』

です。

まず最初に、嬉しいお知らせです。

本田健さんより、先週書いた記事を、
〈この方達も素晴らしいです! という方も挙げてみました。〉
として、以下の記事の中で、ご紹介をいただきました。

▼先週の記事はこちらです。

本田健さん、ありがとうございます。
読んでくださった方、そして、『面白い!』『笑った!』とおっしゃってくださった皆さま、本当にありがとうございます。

さて、本題ですね。

今までで、一番「自由だ!」と感じた瞬間。

「私が」ということで、良いのですよね。

一番、というところが難しいのですが、自由だ、と感じた瞬間を思い出して行くと。

高校3年の最後の冬、第一志望の大学に合格したことを知った時。
歓喜の瞬間だったのと同時に、『もう受験勉強をしなくていいんだ』と思い、ものすごい解放感を味わったのを覚えています。

娘と息子が巣立って行き、夫と二人暮らしになった時。
がらんとした子ども部屋を見て、ほんの少し感傷的になりましたが、もうあの気むずかしい娘から、私の作った料理の文句を言われながら食事をしなくて済む、それこそ幼稚園児から社会人になるまで、翌日の準備をしたかと、息子に尋ねなくて済む(そして、返ってくる返事は、常に要領を得ないものでした)と思うと、胸いっぱいに広がる解放感を味わうのでした。

義母の介護のため、という理由で、21年勤めた会社を退職した時。
もうこの建物に来なくていいんだ、と思うと、本当に、本当に嬉しかった。
仕事の内容は好きでしたし、やりがいもありました。
福利厚生もきちんとしていて、未熟な私が、長い間お世話になったと感謝もしています。
けれど、終わりがあるとわかっていたから、続けられた職場でもありました。
定年まで3ヶ月を残して、一身上の都合で退職させてもらいましたが、本当に嬉しかった。

辞めてしばらくは、義母が介護付き有料老人ホームに入居することになり、その準備で目のまわる忙しさでした。
けれど数週間が経って、義母も老人ホームに落ち着き、空き家になった義実家の整理も一段落ついた時。

ある朝、起きても、どこへも行かなくていい、1日をどう過ごそうと私の自由だ、と思った時、その解放感たるや、叫び出したいほどのものでした。

次にくる解放感はいつか、もうわかっています。
だってねぇ、義母を見てきましたから、それはもう一目瞭然。

ついこの間亡くなった義母ですが、義父が亡くなったのは、今から30年前。
つまり義母は30年間、未亡人として人生を過ごしたのです。

そう聞くと、夫を失くした後半生は寂しいものだったのかな、とも思えますが、それは周囲の人間たちの勝手な思い込みでした。

昭和ひと桁生まれの女性の底力とでも申しましょうか、確かに舅が亡くなって半年くらいは、気落ちしている様子で、周りの私たちも気を遣ったものでしたが、夫の病死は仕方のないものだったと受け入れるにつれ、徐々に義母はその生まれ持った力を発揮し始めたのです。

のちに義母自身が語ったところによると、舅は完全たる昭和一桁生まれの古いタイプの男でした。
自分の言うことは常に絶対に正しく、反論は許さない。
自分の言うことには、妻、子どもは絶対に従わなくてはならない、なぜなら自分は家長であり、家のことに関しては、絶対の権限を持っているのだから。

多少は義母の誇張も入っているでしょうが、昔はこういう男性は少なくなかったのですね。
義母は、表面上は舅を立てつつ、裏では、舅が間違っていると思うことについては、ちゃんと自分の意見を言っていた、と話していました。

『◯◯(舅)は、後になって、「お前の言ったことの方が正しかったわ」と言うことが、よくあったのよ』
いくぶん誇らしげに、義母はよくそう言って、私に昔話をしたものでした。
考えるに、昭和一桁男というのは、威張ってはいても、家の中では、妻の手のひらの上で踊らされていたのでしょう
そうは言っても、頑固で時に理不尽(後で謝ってくることはあっても)な男との結婚生活は、幸せでないことはなくても、気を張るものだったのでしょう。

舅が亡くなって、半年を過ぎる頃から、義母は徐々に変わって行きました。

どうなったかと言うと、舅が生きていた以前より、はるかに元気で明るく、楽しそうになったのです。

舅という、口うるさいタンコブと言うか、重し石がなくなったことで、義母の天性の社交性が花開いたのでしょう。

バス旅行に観劇、庭園ツアーに買い物、博物館や美術館や各種催事にと、義母はせっせと足を運ぶようになりました。

海外旅行に行ったことがないと言うので、夫が招待して、ハワイへの家族旅行にも一緒に行きました(そして、私たちの勧めで、水着姿にもなりました)。

このように、義母の変貌から私が学んだことは、人生の後半にやってくる最大の解放感は、夫との離別によってもたらされる、ということなのです。


さあ、ここまで述べてきたもののうち、どれとの決別が、一番「自由だ!」と感じた瞬間なのでしょう。

▼受験勉強か、
▼子どもたちか、
▼職場か、
▼そして夫か(まだ経験していませんが)。


無理に決めなくてもいいかな?


#ハッピーライティングマラソン
#本田健


今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
以下は、今までに本田健さんから、ご紹介いただいた、3つの記事たちです。

ハッピーライティングマラソン 本田健のオススメ作品#12より

ハッピーマラソン 本田健のオススメ作品#23 追加お届け♪より

ハッピーライティングマラソン 本田健のオススメ作品#41 追加お届け♪より


いいなと思ったら応援しよう!

ぱんだごろごろ 記事を充実させるための活動費、書籍代として使いたいと思います🐼