あなたが20代に読んで、感動した本はなんですか?
こんにちは、ぱんだごろごろです。
本田健さんの「ハッピーライティングマラソン」第7回目のお題は、
「あなたが20代に読んで、感動した本はなんですか?」
です。
「どんな本で、人生にどんな変化がありましたか?」
とのお尋ねですね。
では、それを探るために、昔の読書ノートを繙いて参りましょう。
読んで感動した場合、読書ノートには過去の私がコメントを書き込んでいるはずです。
それをピックアップして行きますよ。
20代前半から始めて行きますね。

「贋金つくり」アンドレ・ジッド
🔻文句なしにおもしろかった。官能的。
決して飽きさせない。
大作らしいつまらなさはひとかけらもない。ロマン。
「懺悔」トルストイ
🔻今の私の考え、悩みにぴったりした作品で、驚いた。
いつかもう一度、読み返してみたい。
「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー
🔻「カラマーゾフ」には、恍惚とするところがある。
自分にとって、一番良い時期に出会ったということだろう。
エピローグの美しさのため、ドミートリイのこともイワンのことも忘れてしまった。緊張を強いる裁判の場面も。
面白い。心を揺さぶられる。
こんなものとは思っていなかった。
もっと暗く重苦しい石のような小説だと思っていた。
風の吹きすさぶロシアの冬のような。
「ブッデンブローク家の人々」トーマス・マン
🔻読み終わった時、泣き出しそうになった。
やさしい微妙な、傷つけられることのない、おだやかな悲劇。
「法王庁の抜け穴」アンドレ・ジッド
🔻これでジッドの主作品を全部読んでしまった。さびしい気もする。こんなにも素晴らしい。
泣き出したいような。胸の苦しみはないが。
これが小説だ。
「ジャン・クリストフ」ロマン・ロラン
🔻すばらしかった。一緒に彼と人生を生きた気がした。
生きる力を与えてくれる書物。
「王の小径」シャンデルナゴール
🔻人間の一生を書いたものを読むと、心がひどく揺り動かされるようになった。
やっと人生を生きる年齢に達したからだろうか。
「春の雪」三島由紀夫
🔻久し振りに優雅なものに接した、という思いがした。
「天人五衰」三島由紀夫
🔻本多と一体になっている。本多がわかる。好きで、好意を持て、理解できる。
私も気がついたら60才、80才になっているだろう。
『私は一体誰なのだろう』という昔なじみの疑問と共に。なぜ生きているのか、なぜ私なのか。
「偉大なる道」アグネス・スメドレー
🔻民主主義をめざしていた中国、朱徳であったのに。

20代中頃からは、書名と作者名だけが、淡々と書かれています。
30代に近付くにつれ、長編小説が減り、推理小説とエッセイ集が増えて来ます。
そして、コメントも、『◯◯(娘の名)が寝てくれたから一気に読めた』などというものが増えていきます。
これは、私が25才でお見合いをして、26才で結婚をして、27才で娘が生まれた、という外的な要因からくる変化でしょう。
そして、20代に読んだ本の中で、『その後の人生に変化をもたらしたもの』はと言うと、次の書物を挙げねばならないと思います。
「ジィド/マルタン・デュ・ガール往復書簡」
(アンドレ・ジィド、ロジェ・マルタン・デュ・ガール、ジャン・ドレ編)
コメントには、
🔻素晴らしい!これを読む喜びを何と云ったらいいか。
と記されています。
この本は、私に、二人の親しく気の合った人間たちによる往復書簡集の面白さ、奥深さと感動を教えてくれたものなのです。
この本を読むことによって、私は書簡体小説 ( 古くは「あしながおじさん」から ) だけでなく、実在の人間たちによる手紙のやり取りを読む、という楽しみを知りました。
その後、中年期から、現在の初老の時期に至るまで、私が手許に置き続けている本。
「田辺元・野上弥生子往復書簡(上・下)」
(竹田篤司、宇田健編)
哲学者の田辺元と、作家の野上弥生子の二人による往復書簡集。
当代最高の知性の持ち主だった男女二人の、細やかな文のやり取り。
お互いに伴侶を亡くし、独身だった二人の間には、老齢ゆえの抑制の効いた、ささやかな愛情の発露もほの見えます。
この往復書簡集への私の偏愛も、上に挙げた、アンドレ・ジッドとマルタン・デュ・ガールの往復書簡集を読み、感動したことから始まっていると言えましょう。
さらには、若い頃から、手紙を書くという行為が苦ではないのも、この往復書簡集のおかげなのかもしれません。

今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
ひとの書いた手紙を読むというのは、そのひとの思想や私生活をのぞき見ることでもあり、ドキドキするものですね。
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