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幼なじみ②

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【承前】

そこにあった家には、幼稚園から小学校、中学校、高等学校の最初の一年まで、一緒だった幼なじみが住んでいた。

長い年月だった。
クラスが違うことはあっても、ずっと同じ学校に通っていた。
親同士も仲が良かったから、互いの行き来はしょっちゅうだった。

あいつの顔。
もう記憶は薄れかけている。
最後にあいつの顔を見たのは、高校一年が終わったあとの春休み。
その春休みの間に、穂高は家族と一緒に北海道へと引っ越して行った。

もう一度、その更地になった土地に目を遣ってから、遼一は歩き出した。

穂高とはいつも一緒にいた。
どうしてそうなったのか、多分、あいつが飛び抜けてマイペースな奴だったからだろう。

彼は自分が関心のない科目は、まったく勉強しなかった。
授業すらろくに聞いていなかった。
先生に反抗するとか、そんなことはいっさいなく、ただ純粋に興味が持てないからだった。
寝るわけでも、こっそり何かをするわけでもなく、ただ自分一人の世界に入り込んでいた。
そんな時、彼がよく教室の窓から外の景色を眺めていたことを覚えている。

ただ、それで本人はよくても、先生たちは困っていたらしい。

中学に入学した遼一と穂高は、さっそく同じクラスになった。
担任はベテランの体育教師で、遼一が入部したバレーボール部の顧問でもあった。

ある日、部活動の練習が終わった後、遼一が体育館でボールの片付けをしていると、そこへ担任教諭がやって来て、こんなことを言ったことがある。

『朝倉は北沢と同じ小学校だったんだってな』
『はい、そうです』
『仲良いの?』
『それは、幼稚園からずっと一緒ですから。家も近いし』
『おお、そうか』

先生は嬉しそうにそう言うと、唐突に去って行った。

何だろうと首をひねったが、その理由は後日、穂高の母の口から明かされることとなる。

中学校に入って、最初の担任との個人面談の席で、穂高はまったく口をきかなかったと言うのだ。

『遼ちゃん、聞いてちょうだい。おばさん、もう本当に恥ずかしくって。穂高ったら、個人面談で先生から何を聞かれても答えないで、黙ってたんですって。いつもあんなに無口なんですかって訊かれちゃったわよ』

穂高のおばさんは、息子である穂高の態度に、憤懣やる方ないという様子だった。
相づちを打っていいものかどうか迷っていると、おばさんはくるりと正面から遼一を見た。

『でもね、遼ちゃん、先生がね、穂高も遼ちゃんとは仲が良くて、いつも一緒にいるようだから、心配ないでしょうって。先生、遼ちゃんのこと、部活でも面倒見のいい生徒さんだって、誉めてたわ。申し訳ないんだけど、これからも穂高の面倒、見てやってもらえないかしら。こんなこと頼めるの、遼ちゃんしかいないから……』

いつも朗らかなおばさんから、いかにも情けなさそうな顔をして、そう頼まれると、いやとは言えなかった。

面倒を見ると言っても、いつものように朝、穂高の家まで迎えに行ったり、移動教室の時に、一人だけまだ教室にいる穂高を見つけて連れて行ったり、復習テストのある日は、朝念を押したり、提出物がある日は、前日確認をしたり、といった程度のことだろう。

前々からしていたことなので、そんなことには慣れていた。
それこそ二人でおそろいの幼稚園かばんを下げていた頃から、小学校に上がっても、また三年生の終わりから一緒に通い出した、私立中学校の受験塾でも、同じようにいつも穂高と一緒にいて、世話を焼いてきたのだ。

『おばさん、大丈夫ですよ』
そう遼一が言うと、穂高の母は、ぱあっと明るい顔になった。

その時の穂高の母の顔を思い出す。
穂高は母親似だった。

おばさんに頼まれた以上、何かしなければならない。
使命感にかられた遼一は、穂高に忠告をすることにした。

『なあ、穂高。おまえ、もうちょっと真剣に、他のやつの言ってることを聞く気になれない?』
『聞いてるつもりなんだけど、気が付くと、途中でわからなくなってるんだよ』
『じゃあさ、先生やクラスのやつがしゃべってる時には、考えごとはしないで、相手が何を言ってるかに集中してみたらどうかな。どう、できそう?』
『うーん、まあ、できるかどうかわからないけど、遼一がそう言うなら、やってみるよ』

そう言うと、穂高は遼一に向かって笑ってみせた。
その時の穂高の顔。

幼稚園の時から見慣れた、大きな切れ長の目。
端が少し吊り上がっているので、猫の目のように見える。
髪の毛が黒くて、肌の色は白い。
校舎の廊下側のガラス窓から光が入ってきて、穂高の顔はくっきりと白く、その髪はさらに濃く見えた。

俺だけを見て笑う、穂高の顔。
差し込む日の光。
何か特別なものーー。

もう少しで、本屋の前を通り過ぎるところだった。
駅前の大型書店は、いつも人でにぎわっている。
店が面している大通りの向こうがバスのロータリーになっていて、さらにその先に駅と、大きな駅ビルとがあった。

駅ビルの中にも別の大手の書店が入っており、いずれも品揃えは充実していたが、それぞれに得意分野があり、遼一は駅前の本屋へ寄る時には、まずこちらの路面店を覗くようにしている。

整然と配置された書棚の間を歩き廻り、膨大な量の本を眺め、その中から気になった題名や著者名の本を抜き出して行く。
本との出会いは一期一会。
時に当たり外れもあるが、それでも良い本との出会いには代え難い喜びがある。

それらの本を買い求め、書店を出た後は、駅に向かって大通りを歩いた。
駅とそこに直結している駅ビルの前まで来たが、二軒目の書店を目指して建物の中に入る気はなくなっていた。

外の空気に触れたまま、初夏の午後の日射しを浴びていたい。
遼一は駅の前を通り過ぎ、そのまま通りを歩き続けた。

〈続く〉

▼第一回

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