見出し画像

「幼なじみ」への道

【初めに】

▼なぜこの作品をこの形で公表することにしたのかは、以下の記事内に記してあります。

※作品名は「幼なじみ」ですが、現時点では未完の作品であるということを表すため、タイトル名は、「「幼なじみ」への道」としてあります。

※作品中、実在の都市名や組織名、人物名が登場しても、それらはあくまで架空の存在であり、実在のものとはいっさい無関係です。


「幼なじみ」


「じゃあ、行ってくるから。戸締まりに気を付けてね」
「ああ、わかってるよ。姉さんによろしく。赤ん坊にもな」
「洋介さんも来るって言っていたから、あなたも行けるとよかったんだけど」
「悪い。義兄さんにはよろしく言っておいて。あちらの両親にも」
「まあまあ、仕方ないだろう、仕事なんだ。
洋介君だって遼一の仕事のことはわかっているよ。
それより藤崎さんのご両親とは病院で待ち合わせだろう。
遅れるといけないから、さっさと出掛けよう。佐和子も待ってるぞ」
「本当ね。じゃ、遼一、夜には帰ってくるから」
「行ってらっしゃい。俺も次の休みには会いに行くよ」

駅へ向かってゆっくりと遠ざかっていく両親の後ろ姿を見送ってから、遼一は玄関の扉を閉めた。

心配症の母親は、いつも戸締まりを息子に念押しするが、今日は特に出かける予定もない。

一日家にいて、書類を仕上げるのが今日の仕事だった。

徹夜明けで自宅に戻り、数時間眠った後は、翌日上司に提出する数十ページに渡る書類を英文で書き上げなければならない。

その書類は、組織の上の方にまで回って行き、長と名の付く人の目にも触れるという噂だ。

今回の研修のメンバーに選ばれただけでも、かなりの抜擢と言えたが、できることならその後の報告書でも周囲に好印象を与えたい。

両親にとっては初孫にあたる姪の顔を見てみたい気は十分にあったが、今日のところは、一週間にわたった研修の報告書作りに専念したかった。

「あーあ、まったく、人遣い荒いよなあ」

大きく伸びをしてから、自室へ向かう。
廊下のガラス窓からは、中庭の緑がひときわみずみずしく、寝不足の彼の眼に映った。

その後の数時間、遼一は報告書の作成に没頭したが、仕事は思いのほか楽しかった。
もともと文章を書くのは得意な方で、書類仕事に抵抗はない。

ただ、母国語で書いた文章を外国語に直すのではなく、考えるところから外国語でできるようになったのは、今の職場に入ってからだ。

職場の同僚には、それを英語の他に、フランス語やドイツ語でやってみせる者、さらには中国語やロシア語、スペイン語でやってのける者までいた。

今回の研修先でも、知り合いになった他部署の若手の内に、優秀な人材はいくらでもいた。
彼ら彼女らの存在は、仕事をする上での大きな励みになる。

細部の検討は後でもう一度することにして、遼一は一通り書き上げた原稿をプリントアウトし、その紙の束をクリップで留めると、机の引き出しにしまった。

部屋を出ると台所に向かう。
普段使っているものよりもちょっと上等なコーヒー豆を挽いて、フィルターをセットする。

午後の日射しは柔らかく、コーヒーメーカーがゴボゴボと音を立て始める頃には、むしろ頭はすっきりとし、肉体的な疲労も取れてきたようだった。

大変な研修だったが、締めくくりは上手くいきそうで、淹れたばかりのコーヒーを飲みながら、遼一はひさびさの解放感を味わった。

散歩にでも行ってみようか。
ふと思った。
駅前までのんびり歩いて、本屋でも覗いて。

外に出て、初夏の風にあたるのもいいかもしれない。

そう思うと、すぐにでも外に行きたくなって、上着だけ着替えると、遼一は家を出た。

中学生の頃の、宿題をやり終えた後のような解放感ー、そのせいだったのかもしれない。

遼一の足は、この十年間駅へ向かって歩き慣れた道ではなく、その前の数年間、通い続けていた道を自然に選んでいた。

それは十年前、意識して通るのをやめた道。

十年振りに懐かしい道を歩いている自分を、訝しむひまもなく。

そう、そこの角だ。
その角を曲がって。

曲がった所にあったはずの家がなくなっているのを見て、小さなショックを受けた。
今そこにあるのは、所々に雑草の生えた、四角い更地だった。

十年前、そこに住んでいた一家が引っ越したあと、親戚だという人たちがやって来て、ずっと住んでいたが、その家の子ども達も就職したり結婚したりで、今年になってとうとうその家を手放すことになったらしい。

その辺の経緯は、母から聞いていた。
だから、その家がもうなくなって、更地になっていたことを知ってはいたのだが。

あの頃は毎朝角を曲がっては、この家の前まで来て、インターフォンのボタンを押したものだ。

『おはようございます』
そう言うと、明るく返してくれる女性の声。
『遼ちゃん、お早うございます。ちょっと待ってね』
扉の向こうで、
『穂高、早くしなさい。遼ちゃんよ』
という同じ女性の声が聞こえて、しばらく経つと、遼一と同じ制服を着た幼なじみが現れる。


▼以下に続きます▼



#小説
#不定期連載

いいなと思ったら応援しよう!

ぱんだごろごろ 記事を充実させるための活動費、書籍代として使いたいと思います🐼