子どもの頃の最も幸せな瞬間はどんなときでしたか?
こんにちは、ぱんだごろごろです。
本田健さんの、「ハッピーライティングマラソン」第14回目のお題は、
「子どもの頃の最も幸せな瞬間はどんなときでしたか?」
です。
noteの記事にも何度か書いていますが、私と私の母とは、あまり相性が良いとは言えませんでした。
母はひとりっ子ということもあり、お山の大将で我儘で、とにかく自分が一番という人でした。
人生のすべてが自分の見栄のためにあり、私の進学先もクラブ活動でさえ、見栄えがいいから英文科にしなさい、聞こえがいいからテニス部にしなさい、というような人でした。
要するに、私の能力や適性、それを選ぶことで我が子のためになるのか、我が子の幸せにつながるのか、ということはいっさい無視。
大学の英文科(もしくは仏文科)に通っていて、テニスも得意な娘がいると、周囲の人間から一目置いてもらえる、『素敵なお嬢様がいて、いいわねぇ』と言ってもらえる、というそれだけのために、私の進路に口出しするのです。
もちろん、まるっと無視しました。
母の見栄のための道具にされてなるものか。
反抗心いっぱい。
運動神経の鈍さを少しでも克服しようと、大学で体育会系のバレーボール部に入部すると、母は案の定、『バレーボールなんて泥臭いスポーツ、テニスの方がおしゃれでハイカラなのに』と、どこから突っ込めばいいのやら、というようなセリフをのたまっておりました。
そんなこんなで、最後まで、母の価値観には賛同できなかった私ですが、人として尊敬できる点はありましたし、母からしてもらったことで、心から感謝していることもあります。
今回のお題、
子どもの頃の最も幸せな瞬間はどんなときでしたか?
を見たとき、自分でも意外だったのですが、真っ先に思い浮かんだのは、子ども時代の母との思い出でした。
私の実家は、名古屋で酒の小売店を営んでいました。
祖母は「奥さん」と呼ばれ、いつも「お帳場」に座っていたものでした。
住み込みの若い「お手伝いさん」の他に、おもに配達を担当する「おじさん」が一人と、立ち飲みのお客さんを担当する「おばさん」が二人、通いで働きに来ていました。
「おばさん」のうちの一人は、家の中の仕事もしてくれて、「お手伝いさん」と一緒に、食事の用意をしてくれたりしました。
そんな中で、婿養子の父は仕入れと配達で倉庫におり、家付き娘の母は祖母と一緒に経理担当で、お帳場にいました。
私の部屋は、お店から、中庭を隔てた奥にありました。
子どもの私が寝る時間になっても、大人たちは忙しくしていて、お帳場に集まっています。
商売をしている家の子どもがほったらかしにされるのは、当たり前のことです。
大人たちが一日中、いつも一緒に家の中にいるくせに、決して相手をしてはもらえないのが商家の子どもなのです。
家の中にいても、相手をしてくれる人がいない。
そんなのは当然のことですから、子どもたちは、自分じぶんで時間を過ごすようになります。
私が子ども時代から今に至るまで、とにかく読書だけを無上の楽しみにしてきたのは、一人でできる遊びが読書だったから、私の相手をしてくれるのが本だけだったからなのでしょう。
そんな風に、ひとりで放っておかれるのには慣れていたはずだったのですが。
あるゆうべ、母がお店を抜け出して、奥の子ども部屋まで来たことがありました。
ふすまを隔てたそこは兄の部屋で、母は兄を寝かしつけていたようでした。
寝るときに母がいてくれたことなんて、まずありません。
もっと小さいときには、住み込みのお手伝いさんが一緒にお風呂に入ってくれていたほどです。
母は忙しいのだから、仕方がない。
そう思いつつ、母はこの後、兄を寝かしつけたら、次には私のところにも来てくれるかもしれない。
布団の中で、どきどきしながら、そう思いました。
目をぎゅっとつぶって、自分の番がくるのを待っていました。
が、いつまでたっても母の訪れはありません。
母はそのまま、兄の部屋を出て、お店に戻ってしまったようでした。
がっかりして、切なくて・・・。
その時、どこからそんな力が湧いて出てきたのか。
私は、布団の中から飛び出すと、中庭のこちら側の廊下に立って、思い切り叫んだのです。
『ままがこない、おにいちゃんばっかりぃぃぃ』
繰り返して叫んでいると、慌てた様子で母がやって来ました。
母は、私が思い描いていた通りに、一緒に布団に入り、寝かしつけてくれました。
あんな風に、母への恋しさと、兄へのやきもちとが爆発した思い出は、あの時の一度きりです。
60代の半ばになろうという今でも、私の叫びに応えて、母がやってきてくれたときのあの嬉しさは、はっきりと思い出すことができます。
子どもの頃の最も幸せな瞬間はどんなときでしたか?
何だか気恥ずかしいのですが、あれだけ合わないと思っていた母でも、やっぱり母は恋しいものなのですね。
子どもの頃の最も幸せな瞬間は、母に愛されていると実感できた、あの瞬間です。
えへへ~、まま、ありがとう、元気~?

今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
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