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本当はやってみたいと思っていることは? 〜note5周年〜

こんにちは、ぱんだごろごろです。

本田健さんの、「ハッピーライティングマラソン」第15回目のお題は、

「本当はやってみたいと思っていることは?」

です。

そして、本題に入る前にですね、以下のような5周年バッジがnoteさんから送られてきましたので、皆様にご報告致します。


もうね、すっかり忘れておりました。
今年の9月12日で、私がnoteを始めてまる5年が経っていたのです。

5周年バッジさん、思い出させてくれて、ありがとうございます。

なぜすっかり5周年のことを忘れていたかと申しますと、アレですよ、アレ。

姑を円満に老人ホームへ送り込むという大事業に、わき目も振らず、がっぷりと取り組んでいたからです。

9月8日の月曜日。

朝の9時過ぎ、義母が入院しているリハビリ病院へ迎えに行き、退院の手続きを済ませます。
10時、忘れ物がないか、病室内をよくよく確認してから、主治医の先生、ナースの皆様、リハビリ担当スタッフの皆様にお礼のご挨拶をします。
荷物を抱え、義母は車椅子に乗せて、駐車場へ。

義母を後部座席に座らせて、夫の運転する車は、湘南から一路鎌倉へと向かいます。

11時過ぎに、車は鎌倉市にある、介護付有料老人ホームに到着しました。
去年できたばかりだという、ピカピカのきれいな建物です。
いよいよ本日から、義母はこのホームの住人になるのです。
職員の方たちに挨拶をして、4階にある部屋へ。

天気の良い日で、部屋の中も明るさに満ち満ちていました。
姑が一人暮らしをしていた実家から運んできたテレビ、ニトリで買って、そのまま車のトランクに入れ、運んできた椅子、姑が入院している間に、実家中の箪笥、押し入れ、クローゼットを開けて出して選んで洗って、持ってきた衣類。

この日のために、時間をかけ、準備してきたすべてがそろっていました。

姑も心なしか、満足気に見えます。
お昼には、さっそく介護スタッフの女性が姑を呼びに来て、食堂へ連れていってくれました。

私と夫は、1階に降りて、ホームと提携している往診病院と、薬局との契約を済ませ、それでこの日の行事がすべて終わりました。

所長さんとケアマネさん、ナースさん、介護スタッフさん達にくれぐれもよろしくお願いしますとあいさつをして、帰りの車に乗り込んだ時には、すでに2時を過ぎていました。

近くのファミリーレストランへ行き、「ああ、疲れた」と二人言いながら、遅いお昼ごはんを食べました。

……それから1週間。

たった1週間しか経っていないのに、その間、老人ホームから何度電話がかかってきたことか……。

夜中にトイレの中で転んで、座り込んでいた。
早朝、起き上がれなかったのか、ベッドのすぐ脇に、座り込んでいた。
37度の熱を出した。
血圧が、上が160あった。
膝が痛いと言っている。
頭が痛いと言っている。



それぞれに対処してくださり、往診病院のお医者さんに見せて、薬も出してくださって、本当に有り難いのですが、最近は電話が鳴るたびに、『今度は何だろう』と身構えている自分がいます。


さらに、面会に行った時に、看護師さんから聞いた、驚愕の事実。

何と、義母は、夜中に15回以上、トイレに行くのだそうです。

その度にナースコールが鳴るようにしているので、間違いはないのだそうで。

本人に聞くと、トイレに行ったかどうか、覚えていない、と言います。
夜中に15回もトイレに行っていて(いくら部屋の中にあるとは言え)、それをまったく覚えていない、と。


いったい、いつ寝ているの……?



さらに驚いたことには、老人ホームに入る前に入院していたリハビリ病院でも、同じように夜間十数回トイレに行っていた、とのこと。
病院からホームへ、申し送りがあったそうで、間違いないのだそうです。


最も驚いたのは、それを、看護師さんが、何でもない、よくあることのように話していたという、その事実でした……。


さて、気を取り直しまして、今年の9月12日で、私はnote5周年を迎えました。

義母の世話にかまけて、何も考えていませんでしたので、せめてもの記録を載せておこうと思います。

以下は、5年間の記事を、ビュー数の多い順に、上から並べたものです。


個人的には、息子の可愛さについて書いた記事が、5番目に入っているのが嬉しいです。

お読みくださった皆様、ありがとうございました。


さて、ここから、本題に入ります。

今回のお題は、

「本当はやってみたいと思っていることは?」

私の憧れは、「枕草子」の作者、清少納言。
彼女は平安時代中期、一条天皇の皇后である藤原定子に仕えていました。

役割としては、今で言う家庭教師のようなものだったのでは、と言われています。
お妃が天皇の寵愛を受けるには、実家の権勢、美貌の上に、女性としての教養が必要とされていました。
娘をお妃として後宮に送り込んでいる有力貴族たちは、天皇の歓心を得るためにも、娘の周囲を才媛たちで固めたのです。

清少納言に憧れる以上、私が若い頃、教師という職業を選んだのは、当然の成り行きだったのかな、と思うのですが、ここはひとつ、そこから一歩進めて、

お妃教育に関わってみたい


と言うのは、あまりにも不遜ですので、


お妃教育を受けてみたい


と思います。

今、お妃教育をするとなると、歴史や地政学、政治経済は言うに及ばず、神道や祭祀について、諸外国の実状や日本の皇室との関わり、接遇のための外国語、プロトコル、マナー、立ち居振る舞い等々、その上に日本の伝統文化を護り育てるための和歌、書道など、めまいがするほど盛りだくさんでしょうねぇ。

お妃教育にたずさわる学者や研究者、指導者たちにも、最高の人選がなされるはずです。

当代最高の学者たちから、最高峰の講義を受けてみたい。


想像するだけでぞくぞくします。

「本当はやってみたいと思っていることは?」


「お妃になるわけではないが、お妃教育を受けてみたい」

#ハッピーライティングマラソン
#本田健


今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。


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