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トイレの便器の蓋を開けるのが怖い。

最近は男性でも、掃除のことを考えて、
座って用を足す人が増えていると聞く。

かくいう私も、家の中だろうと外出先だろうと、座って用を足すようにしている。掃除する時のことを考えて。あと、物思いにふけることもできるし。

タイトルにある、
「トイレの便器の蓋を開けるのが怖い」だが、よく女性が言う「流されていないデッカい大便があるのでは?」と心配で、恐る恐る蓋を開ける、そういうことがある、という理由では、ない。


私の場合は「もしかするとそこに、切断された生首があるんじゃ?」といつも心配になるのだ。


だから、トイレの蓋を開けるのが怖い。こんなことを書くと「んな、アホな」という声もあれば「わかる」という声も聞こえる気がする。


いたって真面目だ。

かといって過去にそういう経験があるとか、そういう映画やドラマを観たわけでもない。ただ、なんとなく想像してしまうのだから仕方がない。


トイレの個室に入った時、蓋が開いていると安心する。だって生首は絶対ないから。蓋が閉まっていると途端に心配になる。「もしかすると生首が…」と思って、少し恐る恐る開ける。

「もしあったらビックリするだろうな、どうやって通報しよう」とか考えてから開ける。
おそるおそる。




思うに、これ「量子力学」っぽくないか?


量子力学によれば、これらの素粒子は、普段は確率として、ぼんやりとした霧の塊ように存在しており、観測を行なうまではその厳密な位置や速度などの状態を確定できない。つまり、見ていない(観測をしていない)素粒子は、見るまでは存在していないとも表現できる。
引用 この世のモノは見るまで存在しない
“非実在性”は巨視的世界にも当てはまる


「見るまでは決まっていない」ってやつ。

たぶん、私より読者の方のほうが詳しいと思うから、量子力学については詳しく書かない。っていうか訳わかんないし、全く分からんし。

見るまでは決まっていない。
トイレの蓋を開けるまでは、生首やデッカい大便を含めて、あらゆる可能性が霧のように便器の中に存在していて、蓋を開けると「カチッ」と状態が固定される。マリオカートでアイテムを取った時みたいに。順位にふさわしいアイテムがランダムに選ばれるみたいに。

いや、そんなわけないか。
この記事の内容だって、皆さんが読む前から中身は決まってる訳だし。

でもなんだか、ここから思考が飛躍できそうな気もする。


いや、無理か。


《2022年7月18日 追記》
思考の飛躍が無理だと思っていたら、この記事をご覧になって、見事に飛躍に成功した方からコメントをいただいた。


潮永 三七萌さんが、
今記事から着想を得て(うれしい)書かれたnote記事があるとのことで、せっかくなのでご紹介しておく。

世にも奇妙な物語みたいに仕上がっている。
ぜひ、ご一読を。

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