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私たちが最後に人を褒めたのはいつだろうか?【後編】

私は、一般の人よりも意識して人を褒めるようにしている。

一般の方の褒める力を10とするならば、私はその6倍は褒める。褒める力60だ。そんな自負がある。正確に測ったわけではないけど。要は一般の方の6倍は人を褒めてるよ、たぶんね、ということだ。
前編より

なんて、鼻高々に前編でそんなことを書いた。


ところが、この「褒める」に関して考えさせられる出来事があった。褒める力60の私が「あぁ、まだまだだ」と思ったことがあったのだ。


●ある朝のエレベーターで

強気で書いたはいいものの、上には上がいるなぁ、と思わせられる出来事があった。ある朝、会社のエレベーターに乗った時のことだ。

たまたまエレベーターで、同じ会社の同僚1人と、会社の事務員さんの女性、私を合わせて3人が乗り合わせた。

乗り合わせたうちの、1人、20代半ばの同僚男性は、保険業界で言うところの有績者。ずば抜けて素晴らしい成果を出している男の子。「正しいことを正しくやりたいんです」って熱いハートの持ち主で、人格者。大らかだけど、やる時はやりますってオーラを出していて、若いのに誰からも尊敬されている。当然、私も彼を尊敬している。

一方、同じく乗り合わせた会社の事務員さんは40代の女性。会社内では保険営業マンたちのサポート役。しかし、営業マンと事務員さんはなぜか一定の距離感を保っていて、それほど親しげに話す機会は少ない。実はこの方には、おしゃべりな一面があることを私は知っている。

エレベーターに乗っていた時間は、およそ20秒くらいだろうか。密室空間で3人だ。朝の挨拶「おはようございます」を交わした後、特に誰も口を開かない。話すことはないからだ。

ところが、ここで有績者の男の子が口を開く。

「〇〇さん(事務員さん)って、髪の毛のセット上手ですよね。いつもフワッとしていていい感じだな、って思ってました」

事務員さんは「あら!嬉しいわ、実は毎日大変なんですよ〜うふふ」という反応。エレベーター内は和やかで、にこやかな雰囲気に変わる。ご時世柄セクハラだとか、そういう感じはここでは感じない。彼は天然でやっている。

●その時、私は?

私はといえば?
私は白目だ。白目を剥きそうだった。
褒める力60を自負してるのに。
そして思った。

一般の方の褒める力を10とするならば、私はその6倍は褒める。褒める力60だ。そんな自負がある。正確に測ったわけではないけど。要は一般の方の6倍は人を褒めてるよ、たぶんね、ということだ。
前編より

私の褒める力が60ならば、彼は60万だ。
ラディッツとフリーザくらいの違いがある。
なんて恥ずかしいんだろう。


●褒めるを因数分解してみる

思うに、この「褒める」という行為を因数分解してみると「気づく」が因数になっていると思う。付け加えて言うならば、気づいて、それを「伝える」。「気づく」と「伝える」がセットの因数になって初めて「褒める」になる。つまりこうだ。

褒める=気づく×伝える

彼はそれが天然で出来ている。
おそらく最初のうちは意識して褒めていたんだと思うが、今ではそれが習慣になり、呼吸をするように人を褒めることが出来ているんだろうと思う。



●どうしたら人を褒められるか?

だから「人を褒められないんです」という人は、まずは「気づけてないのか」それとも「伝えられていないのか」を是非考えてみてほしい。

「いやぁ、プライドがなぁ」
わかる。よくわかる。プライドが邪魔をして褒められないのはよくわかる。でもそのプライドは捨ててもいい。褒めよう。気づこう。伝えよう。

気づけていないのなら、まずは日常の些細な変化に気づくことから習慣づけよう。伝えられていないのなら、感謝の言葉などごく簡単なことを伝えることから始めてみよう。意識すればきっと変わる。伝えてしまえば、あとは相手がどう受け取るかだから。

思っている以上に私たちは自分の人生だけを見て生きている。それぞれがそれぞれの人生を生きていて、みんなが自分こそが主人公だと思って生きている。だからこそ、よりよく生きたい、と願うならば、周りの人を明るくすることから初めてみてはどうだろう?そうすれば自然、自分を取り巻く環境も変化していくはずだ。

いやー、ここまで読んでくれてありがとう。
noteの毎日投稿、みんな凄いよね。
なかなか出来ることじゃないよ。
私も引き続き、程よく頑張るよ。

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