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「まなざし」を鍛える

同じものを見ても、見えているものが違う。
これは、私たちのものの見え方が、知識のあるなしや積み上げてきた経験、はたまた脳の特性など、様々な因子によって形成されているためです。よって、「人はみな違う色のメガネをかけて生きている」と言えますね。例えば、同じ映画を見ても、グッとくるシーンは人ごとに違う。

また、
同じものを見ても、あの頃の私と、今の私とでは、見えているものが違う。
個人内でもこんなことが起こります。
これは、なぜでしょうか。
その人の蓄積してきた知識や経験によって、見えるものに与える「解釈」が違ってくるからです。「あの頃のフィルター」と「今のフィルター」とでは違うのだということ。「ものを見る目が育つ」とは、まさにこのことをとらえた言葉ですね。

この記事では、
私の次の記事『「まなざし」の総括』を少しばかり補足し、「まなざし」の鍛え方について記していきます。

上記の記事でも示したような「総括」をするためには、一人ひとりの教員が子らをどう見たかも大切ですし、自身の「ものを見る目」をどう育ててきたかもとても大切です。

とりわけ、
自身の「ものを見る目」
これを育てるためには、意識的な努力、修行が欠かせません。経験年数とともに凝り固まろうとする「フィルタ―」、新しいものを上書きしにくくなる「フィルター」ですが、必ず変えていくことができます。質のいいものにすることが可能なのです。

実は、
手っ取り早い修行方法が、ひとつあります。既存のフィルターに新しい要素を加える最も直接的な修行方法。

新しい経験を求めること


例えば、いつもと違う順路で教室に向かってみる。
例えば、休日の児童館を訪れてみる。
例えば、子らの通学路を歩いて通勤してみる。
例えば、教頭先生の席から職員室を見渡してみる。
例えば、となりの先生に「弱さ」をさらしてみる。
例えば、異業種の方と交流してみる。
例えば、未経験の分野に手を伸ばしてみる。
例えば、「ポン先生」の他の記事にもふれてみる。 (…しっかりアピール!)

こんな修行。



新しい経験は、柔軟な思考を育てます。

そして、柔軟な思考は、「フィルター」をよりしなやかに調整する助けとなります。「こうあるべきだ」を「こうかもしれない」に変えていくのです。そうなれば、おのずと「子らの中に見るもの」が違ってくることでしょう。子を見る目が育つ。

「まなざし」の総括が済んだら、
「まなざし」を鍛えるために
新しい経験を求めて前へと踏み出していきましょう。

「春」がやってきます。