子どものころ「子どもっぽいもの」が苦手だった。
たとえばおままごと。幼稚園にはおままごとセットがあり、遊びの時間にはお父さんやお母さん、赤ちゃん、ペットなどの役割に分かれて遊ぶ園児がたくさんいたが、こんな子どもじみたことよくできるなあ、と小バカにしていたから絶対に近寄らなかった。ニセモノのキッチンや食べものを持って下手な演技をしてなにが楽しいのだろう、恥ずかしくないのだろうかと本気で思っていた。
その嫌悪感の根底にあるのは子ども扱いされることへの抵抗だったと気がついたのは、だいぶあとになってからだ。ニセモノで喜ぶと大人から思われていることも、子どもがニセモノを受け入れていとも簡単に喜んでしまうことも、なんとなくむずがゆく感じていた。
そんな〝子どもっぽさ嫌い〟がさらに加速していた小学校二年生の冬、家族で東京に行くことになった。旅の目玉はディズニーランド。富山で暮らすわたしたち一家にはまたとない機会である。
親戚が奇跡的に宿泊優待券を持っているとかで都内のホテルに割引価格で泊まれたが、旅行といえば長野などの隣県に車で行くのが定番だったわが家にとっては非常にめずらしい出来事で、相当大きな決断だった。父は東京の旅行ガイドを片っぱしから購入し、わたしたち姉妹を喜ばせるために一生懸命計画を練ってくれた。
しかし残念なことに、わたしはディズニーランドを楽しめなかった。人が多くて騒々しいし、敷地が広くてどこになにがあるのやらぜんぜんわからない。どこを見ればいいのかも、どの音に耳を傾ければいいのかもわからない。心はずっとそわそわと落ち着かず、頭はくらくらするばかり。
ディズニーキャラクターはきらいではない。きらいではないが、好きというほどでもない。夢の国はわたしにはただ刺激が多いだけの場所で、入園後三十分も経たないうちに帰りたくなってしまった。
そこに追い討ちをかけたのが、着ぐるみのディズニーキャラクターとそのまわりに群がる子どもたちの姿である。ミッキーやミニーのまわりできゃっきゃと声をあげ、屈託のない笑顔でピースサインをつくる子どもたちを目にしたことで、脳内の敏感な〝子どもっぽさ嫌い〟センサーがぴこぴこ反応してしまった。「着ぐるみごときではしゃぐ人間は幼稚である」というそれこそ短絡的で幼稚な思考にわたしは支配されていた。
だれが入っているかもわからない着ぐるみと握手やハグをして一体なにが楽しいのか。気味がわるいとは思わないのか。所詮ただの布だぞ。知らない人が入った布。そんなもののためにはしゃいで、そのはしゃぐ姿を他人に見られて恥ずかしくはないのか。そもそも君たちはぎゃあぎゃあ騒ぐほどディズニーが好きなのか?
出会えたらラッキーであるはずの着ぐるみもわたしには得体の知れない不審人物、もはや地球外生物にしかみえず、脳内ではこれ以上近づくなという警報が鳴り響いていた。着ぐるみと一緒に写真をとってもらう自分を想像するだけでぷるぷる鳥肌が立ってくる。あんなものに手放しで近づくのは脳内お花畑のおこちゃまだけだ。
そんなわたしをよそに、三歳下の妹は「ミッキーだ!」と目を輝かせて勢いよく走り出し、両親は「まほも行っておいでよ〜」と促してくる。
「いい、いい、わたしはいいから」
全力で拒絶した。
拒絶したのに、なぜだろう、遠のいていく妹の背中がやけに眩しく見える。妹はきらきら笑い、それを見つめる両親もうれしそうだ。
なんだよこれ。
ますます腹が立ってしかたがない。
一刻も早くこの気まずい時間が過ぎてほしい。ここから消えていなくなりたい。そういえば人混みに酔ったせいか体がだるい。胃がなんとなくムカムカするし、頭も痛い気がしてくる。立ちっぱなしで疲れた……。
「なんかだるくてきもちわるい」
わたしは両親に体調不良のみを申告した。熱があるのかと母は心配し、体調が悪いならここにいても仕方ないね、と父は冷静に言った。
結果、おそらく人酔いしただけのわたしは家族全員を道連れにして夢の国から出国することとなる。富山からはるばるやってきたのに滞在時間は一時間足らず。その日は残りの時間をホテルのベッドで過ごした。熱は普段と変わらぬ七度一分だった。
ベッドの中でわたしはホッとするどころか悶々としていた。いや、絶望していた。まさかすぐに退園するとは思ってもみなかったからだ。
たしかに夢の国から帰りたかったが、家族みんなを帰らせたいわけではなかった。わたしが変なプライドを捨てて我慢すれば、家族四人でスペシャルなディズニーデイを過ごせたかもしれなかった。両親の努力に報いることができたかもしれなかった。
なのにわたしは耐えられなかった。バカにしていたから、恥ずかしかったから、怖かったから。
居心地のわるい夢の国から逃げ出したはずなのに、まだどこかへ逃げ出したかった。できればだれもいないまっしろな国へ行きたいと願った。
家族を道連れにせずにひとりで帰れたかと言えば、そんなの無理だとわかっている。たとえば妹と父親だけがディズニーに残るというような折衷案を出されたとて、うらやましくて腹を立てたり拗ねたりするにちがいなかった。どう転んでもわたしはきっと苦しかった。
本当はただ楽しみたかっただけなのだ。喜んでミッキーに駆け寄れる、子どもらしい子どもになりたかった。
そんなわたしも意外や意外、その後は何事も前向きに楽しめる人間、いや、楽しむために一定程度の努力はできる人間に成長していく。ノリがいいほうが人に好かれやすいとか、斜に構えず全力で楽しもうとする人のほうがかっこよくみえるとか、そういうことを学校生活の中でちょっとずつ学んだからだ。
上京後は幼い日の記憶などすっかり忘れ、友だちと朝から晩までディズニーランドをせわしなく駆け回ったりもした。学生時代にSNSのプロフィール欄に書いていたスローガンは「笑っちゃえ、笑っちゃえ」。その言葉どおりわたしはなにがあってもよく笑った。世界って、社会って、こわい。
それでもときおり、夢の国を楽しめなかったあの日のわたしがちらちらと顔をだす日はあった。
たとえば一緒に遊んでいる子どもが、そのかわいらしい発言や仕草によって大人たちを喜ばせているとき。ナチュラルにモテる女の子が、ぼったくり居酒屋の生臭い刺身を前にして彦麻呂並に目を輝かせているとき。わたしがスルーしている両親からの日常報告LINEに、妹がかわいい絵文字やスタンプで大袈裟な(=わたしには大袈裟に見える)リアクションをしているとき。上京直後はるんるん気分で通っていたはずの渋谷センター街や原宿竹下通りについて「騒々しいばかりでわざわざ行く必要のない場所だ」のような悪口が思い浮かぶとき。
なぜか夢の国での記憶がよみがえり、あああ、わたしってやつは、と思う。歳を重ねたからといって幼いころのもやもやが完全に消えてなくなることはなく、むしろ経験の積み重ねと自己分析によってくっきりと輪郭がみえてきた。
一見バラバラにみえてもすべてのシーンがつながっていて、その根本には夢の国で楽しそうな子どもたちを直視できなかったわたしがいる。わたしが心の中でだれかやなにかをむやみに軽蔑するとき、その裏にはかならずといっていいほど羨望や嫉妬がある。
話は逸れるがこうして文章を書いているあいだも、なにをうじうじ真面目に書いているんだか、三十路を超えてもきみは厨二病のまっただなかにいるのか、などと嘲笑しているもうひとりの自分がいる。過去に書いたハイテンションなエッセイを読み返して痛々しく感じたり、ついていけないわあ、と苦笑したりする自分もいる。もうそろそろ恥を晒すのはやめておけ、と冷静に述べる自分もいる。
それでも書き続けるのは、そのすべてがわたしだからだ。その時々のわたしから勝手にこぼれてくる言葉で表現すると決めたからだ。そしてなにをやっているんだか、と呆れつつも、すべてのわたし、たとえばディズニーランドを喜べなかったわたしまでもを、それなりに愛してしまっているからである(なんでそんなこと急に言うん?)。
トランプを始めるようにほいほいと旅行ガイドを並べゆく父
大量のジェリービーンズうようよと動きまわっている夢の国
ミッキーに駆け寄っていく妹はいつかの川のように笑った
差し出した七度一分の体温計 うそとほんとはなにがちがうの
どうすればこどもになれる? 青白いベッドのシーツ引っ張りながら
妹は父といっしょにお台場と母から聞いてもういちど寝る
あの頃のわたしへ きみのいちばんの友に未来のきみはなれるよ
※本作品は『なんでそんなこと急に言うん?』に収録したエッセイです。
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