連載「菌活ボーイがゆく」㊴母の日
発酵の世界にハマるきっかけは、いつも小さなひと匙から🥄✨
こうじの魅力にはまった猫サラリーミャンの菌活実践記です。
「育て上げた醤油こうじを食べてしまうのが心苦しくて」の心境で菌との触れ合いの日々を送る。
さっちー師匠ににゃんだかんだ巻き込まれながら“菌友”(菌活友だち)づくりに励む。
文/菌活ボーイ
イラスト/ちぐ

車いすに座った母は顔色が良かった。元気そうに見えた。
「誰か分かる?」
妹が僕を指さした。
母は、あきれ顔。
「私の息子」と答え、僕の名を呼んだ。
「おー、すごい」。妹は手をたたいて驚き、自分の鼻を指さした。
「私は誰でしょう?」
思い出せない母に、妹はマスクを外して顔を見せた。
「みさ子? より子? りっちゃん? あれ、誰だっけ」
母は、叔母や知らない人の名前を挙げた。妹が笑った。
隣に座っても、母はこちらを見なかった。
無表情で前ばかり見ている。
この施設で5年以上も暮らしている。
最初は「家に帰りたい」と涙を流していた。
最近は「暖かいから、ここがいい」と言う。
キジトラ招福堂のどぶろくパウチを取り出すと、「飲みたい」と言った。
ひとくち飲んで、「おいしい」とうなずいた。
僕が作った醬油こうじも味わって、「おいしい」と言ってくれた。
「兄ちゃんはどんな子だった?」。妹が聞いた。
無邪気すぎる。僕は胸がしめつけられた。
忙しさにかまけ、2年も帰省しなかった。
親の世話は、妹と弟に任せきりだった。
「かわいい子」。母がつぶやいた。
やはり無表情で、窓の向こうをじっと見ていた。
外は土砂降り。強風に木々がしなり、木の葉が舞っていた。
「何見てるの」
「外を見てる」
「雨だよ。こっち見て」
僕は母の手を強く握り締めた。
母は僕を振り向き、ほほ笑むと、また視線を外に向けた。
「大丈夫。あなたが帰るころ、雨は上がるから」
(続く)
