帰国子女としての苦労に、見合うPayはあったのか
「帰国子女」と聞くと、どんなイメージがあるだろうか。
英語ができる。自信がある。将来有望。
受験に有利。世界が広がる。
そんな、少し輝いたイメージを持つ人も多いと思う。
私自身、4歳から7歳まで海外で暮らしていた。日本人のいない現地校に通い、英語は普通に話していたそうだ。母は、きっと誇らしかったと思う。
もちろん外で自慢していたわけではなかったが、「あんたは英語ができるんだから」と、期待されていた。
私自身も、また海外に行きたいと思っていた。
大学生になったら留学したい。社会人になったら海外転勤のある仕事がしたい。そんなことを考えていた。
そういえばよく考えたら4歳上の兄も帰国子女だった。兄は小3から現地校に通い、小6で帰国。帰国子女受験で中学に進学した。大学受験では英語はそこまで苦労しなかったらしい。
けれど、大人になった今の私たちを見ると、世間の「帰国子女像」とはだいぶ違うと思う。
兄は海外嫌いになり、海外転勤も断っている。新婚旅行以外で日本を出ていない。英語力を仕事で活かしているわけでもない。
私も、結局は普通の会社員だった。
リスニングだけはできる。でも英語は好きではない。夫のアメリカ転勤が決まった時ですら、「英語を勉強したい」とはまったく思わなかった。
ふと、思った。
帰国子女として苦労もあった。
その苦労に、見合うPayはあったのだろうか。
もちろん、海外経験が無意味だったと言いたいわけではない。けれど、世間で言われるほど、「英語ができれば人生が変わる」という実感も、正直なところなかった。
小学生時代の海外経験なんて、大人になれば本当に遠い昔のことなのだ。
数年の海外生活だけで、人生が劇的に変わることなんて、実はそんなに多くないのかもしれない。
そんなことを考えたのは、自分が親になってアメリカで子育てをしたからだった。
夫の仕事で、今度は私が子どもを連れて海外に行く側になった。しかも、上の子の帰国年齢は、私自身とほぼ同じだった。
私と同じ道をたどるのだろうか。
それとも、うちの子はもっと長く海外にいるから、もっと英語ができるようになるのだろうか。
そう思っていた。
けれど、自分の過去を振り返れば振り返るほど、疑問が浮かんだ。
そもそも、私は帰国子女として「得」をしたのだろうか。
兄も私も、世間でイメージされるような「グローバル人材」にはならなかった。むしろ、英語嫌いである。
うちは失敗だったのだろうか。
そんなことを考えるようになった。
私は、海外で子どもを育てながら、言語について調べ始めた。そして、自分の子どもを観察した。
そうして初めていろんなことに気づいた。
帰国子女として苦労し、英語も維持できなかったのは私が無能だったからだと思っていた。でもそうじゃなかったのかもしれないと思った。
何も対策をしなければ、むしろ自然なことだったということがわかったのだ。
海外に行けば、子どもは自然に英語を習得して、簡単にバイリンガルになる。そんなイメージがある。私自身も、そう思っていた。
でも実際には、そんなに単純ではなかった。
母語、学力、思考言語、学校適応。
子どもの言語発達には、想像以上にたくさんの要素が絡んでいる。
そして、帰国子女が抱える苦労は、意外なほど表に出てこない。
英語ができる。発音がいい。
それだけで「うらやましい」と言われてしまうからだ。
でも実際には、不登校や、日本語の遅れ、学校不適応に悩む家庭も少なくない。
そういえば昔、母が話していたことを思い出した。
海外で仲の良かった日本人の子。帰国後、日本の学校になじめず、不登校になったらしい。うつっぽくなって大変らしいと言っていた。
子どもの頃は「ふーん」としか思わなかった。けれど今なら分かる。
あれは、決して特別な話ではなかったのだと思う。
これからはなぜ、帰国子女が苦労するのか、どうすればよかったのかを書いていければと思う。
帰国子女は世間で思われるほど良いものではないと思うのだ。
でも、デメリットばかりでもないと思っている。
