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私が今、私を生きているということ―私という人間を定義した3冊

『2026年、私の偏愛目録(カタログ)』に挑戦します!

私が参加しているオンラインサロン「京都くらしの編集室」では、今年、新しいプロジェクトが始まりました。その名も『2026年、私の偏愛目録(カタログ)』
毎月、提示されるお題に沿って、今の自分を形作るものをエッセイに書くチャレンジです。

4月のお題は【本】。

4月:【本】私という人間を定義した3冊。今の自分の価値観の土台になっている本。2026年度のはじまりに、自分の現在地を確認する。

京都くらしの編集室記事「【新企画】毎月のnoteチャレンジでZINEを作りませんか?」より


私は実は、「お題に沿って書く」のが超苦手。
元来のあまのじゃく気質のせいなのか、お題を咀嚼できないのか、とにかく書き遂げられたことがありません。
でもそれじゃ書く仕事なんかできんぞ!ここが踏ん張りどきだ!!と思い、このチャンスに飛び乗ってみました。しがみついていこー。


「赤毛のアン」 L.M.モンゴメリ

存在意義を求めて

私はずっと、自宅が自宅じゃないと思っていた。

小学校低学年の頃は特に、私は間違ってこの家に来たけど両親ともそれを私に隠しているんだと思っていた。
そうであってほしかった。毎日、因縁をつけるかのように私を怒る母親は、絶対に継母だと思っていた。母と私の顔が似ていることは、きっと何かの偶然だと自分に言い聞かせていた。私には、もっと優しくて、私を甘やかしてくれて、心配してくれるような、実の親がどこかにいると思っていた。

その一方で、子どもの私は両親(仮)に愛されたいといつも思うくらい彼らが大好きだったし、地球が滅亡するときに脱出する自分の宇宙船に乗せるメンバーのトップにいつも入れていたし、好きなものを聞かれたら一番に「お父さんとお母さん」と答えていた。

『赤毛のアン』は確実に、私の「家族感」「家庭感」、そして「存在意義意識」の土台になっている。
アンはそもそも、労働の担い手として男の子を求めていたマシューとマリラの家に、間違ってやってきた存在だった。
マリラは当初、女の子は使えないと冷たい態度をとるが、やがては本当の家族になっていく。この過程が、子どもの私にはとてもうらやましかった。

私はこの家族の中でどういう存在なんだろう。
両親は私を邪魔だと思っていないだろうか。
私はなぜこの家にいるんだろう。

言葉にはできなかったけど、こんな不安が私の子ども時代を形成していたと思う。

私は今も、どこにいても自分の存在意義を求めがちだし、これからもこのクセが続くのかもしれない。
私は意味のない存在ではないと、自分に言い聞かせる人生である。


「恩讐の彼方に」 菊池寛

いま何をすべきなのか

結婚で実家を出るときも、その後の3回の引っ越しのときも、必ず手元に残してきた本がある。それが、菊池寛の『恩讐の彼方に』。

物語の主人公・市九郎は、贖罪のために22年の歳月をかけて隧道を掘り続ける。あと少しで貫通という頃、かつて自分が殺した主人の息子・実之助が、仇討ちのために市九郎に迫る。

二十歳頃の私はこれを読み、「私まだ何もしてないじゃん」と衝撃を受けた。何もなし得ることなく、その努力もせず、私はこのままどうやって生きていくつもりなんだろうと、何度も何度も考えた。

かと言って、私がその後、何かをなし得たわけでもなかった。
育児を除けば、誰かのためにこの身を捧げてまで何かをやろう、という気概も持たず30年くらい経った。
30年間、いろんなシチュエーションごとに、求められる立場を一生懸命演じてきた。それなりに頑張ったと思う。無駄とは思いたくない。
しかしその結果、自分自身は後回しで、自分がやりたかったこともわからなくなり、なし得たと思えるものなどない丸腰の私が30年後に存在していた。

『恩讐の彼方に』を、先日久しぶりに読んだ。子どもが生まれてからは読んでいなかったと思うから、多分20年ぶりくらい。

途中からとにかく涙があふれてくる。若い頃はどこで泣いてたか思い出せないが、こんなに早いタイミングで泣きはじめてはいなかったと思う。市九郎が隧道を掘り始めた、そのひと打ち目でもう涙。実之助が参戦してからはもう、豪雨の中でワイパーが効かなくなった車みたいに、視界が遮られてしまった。

読了後、なし得ていないことがあるとか、誰かのために献身的にどうするべきとか、そういうことじゃないと気づいた。もっと根源にあるものだ。とにかくもう、「そもそも自分はいま何をすべきなんだ」ということしかない。
『恩讐の彼方に』は、私にとって原点に戻れる本なのだ。

やっぱりずっと、この本は手元に置いておこうと思う。


「人生企画ノート」 江角悠子

御神体がつけるべきブラがある

御神体だったはずなのにな……

昨日、数年ぶりに入った下着売場の試着室で、私は呆然とした。
「いかがですか?」
カーテンの外から、店員さんの優しい声が聞こえた。
「今まで私、何やってたんだろうってショック受けてます」
率直に答えた私の耳に、店員さんの失笑が聞こえた。
私も失笑した。こんなに実の詰まった状態のブラジャーを見るのは久しぶりだった。そして、私はまた、自分を雑に扱ってしまっていたんだと気がついた。

2025年夏、ライター・江角悠子さん主宰の「100日チャレンジ 私とつながる書くレッスン」を受講した。書くことで生活していきたいと本格的に考え始めた頃だった。このチャンスを逃したくないと強く思ったものの、グループコンサルティングが平日の昼間開催だったので、仕事を理由に受講を諦めようとしていた。
このことを江角さんに直接お話したところ、江角さんは不思議そうに言った。

「やりたくないことのために、本当はやりたいと思っていることを我慢するんですか?」

…ほんとだ!!!

気持ちいいタイミングで気持ちよくシンバルを鳴らされたように、私はぱっちり目が覚めた。
江角さんに、返す刀的な勢いで「有給休暇とって受講します!」と宣言した。

グループコンサルのたびにマジで有給休暇をとって受講した「100日チャレンジ」では、100日かけて自分の感情を深く掘り下げていった。インナーチャイルドとおぼしき存在と対話したり、「自分取扱説明書」を考えたり、とにかく自分の感情を書き出して棚卸しをした。そのワークの基盤となったのが、受講に先駆けて江角さんからPDFで送られてきた「人生企画ノート」だった。

自分は何がしたいのか。何が嫌なのか。なぜそう思うのか。
自分がこれまで極力考えないようにしてきたのが、何よりも「自分自身」だったことに、何度も何度も気づかされる100日間だった。

何度目かのグループコンサルのとき、「自分を御神体だと思って丁寧に扱いましょう」と江角さんが言った。
御神体って…とちょっと笑ってしまったことをここにお詫び申し上げます。が、本当に自分=御神体だとしても、そんなに自分にお金も時間もかけられないとすぐに考えてしまった。自分にかけるお金は住宅ローンや子どもたちの学費に回さなければ、といつものように思ったところで、「それじゃいつもの我慢ルートしか行けないじゃん」と気がついた。さらに、「私は家族のために人生を捧げる犠牲者である」という卑屈な気持ちを順調に育ててしまっていたことに気がついた。ダサくて恥ずかしいと思った。

その後、おそるおそる、実際に御神体(自分)が心地よく感じるもので丁寧に御神体(自分)を扱ってみた。
ネイルに服、メガネ、アクセサリー。
身につけたかったけど我慢していたものを集めたら、当然結構な出費になったが、「自分のなりたい姿を尊重された状態」に身震いするほど高揚した。しかもその後、家族にも優しく、明るく接することができる自分が爆誕した。
御神体が喜ぶと家族も喜ぶ。それが嬉しい自分が「自分」だと気づいたとき、「私は今まで何やってたんだ」と思った。
受講を諦めようとしていたことも、これみよがしに自分を雑に扱って勝手に犠牲者ヅラしてきたことも、何もかも「私は今まで何やってたんだ」だった。私は私に、私自身を生きることを我慢させていたのだ。

そして、昨日のブラジャーの試着である。
購入する予定は全然なかったが、ふと思いついて試着させてもらったところ、整形レベルで胸の形が整い、カップも余らず、肩紐も肩に密着してストレスがない。こんなに私を大事にしてくれるブラがこの世に存在したのかと感動し、「ブラですら」と思った。
「御神体、ごめんな…」
そう思いながら支払いを済ませたら、御神体が胸をなでおろす様子が目に浮かんだ。


世間はGWに突入した。私も飛び石ながら連休があるので、再び「人生企画ノート」を開いてみることにした。
尊重されるべき私が、今ここに生きていることを確認するために。


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