何事も「なった後が勝負!」なのではないかと思う
自分の今の目標は「ドイツで森の幼稚園の先生になること」だけど、その後のことも考えておいた方が、より充実した時間を過ごせるんじゃね?と思った。
「ドイツで森の幼稚園の先生になる」っていうのは、部分的ではあるけども、このBFDをしていることによって達成できてるという現実がある。さらには、先日の実習先の夏祭りで、「先生用のバッジ」を胸につけたことによって、先生という立場を強烈に強く感じることが出来た。

BFDという実習生の立場と、資格を持った先生という立場では行っている仕事に違いがあるのは当然である。だがしかし、先生として働く期間を仮に65歳までと設定したとして、今の段階から約30年の時間がある(生きられればの話だが…)。
個人的には、その膨大な時間の中においても、常に「情熱を持って前進‼」していけるように心がけたいのである。
例えば、尊敬する立川談志は高校を中退して落語の道に入り、見事に落語家になったが、その後は「伝統を現代に」というスローガンのもとに活動を続けて、”談志落語”を確立させた。
というより、ここまで書いてきて今閃いたのは、
「ドイツで森の幼稚園の先生になる」というのは、”スタートライン”を設定しただけのことなのに、自分がそれを”ゴール”みたいに思っていることに違和感を持ってるということである。
スタートラインに立ってから、どうゴールに辿り着くのかが大事なのだから、スタートラインを”ゴールライン”と思ってるのは違うでしょ!ってことである。
「何かになる」ということがゴールになることはあり得ない。その何かになった後に、「何をするか」が、ゴールとなる。
大学生になったとして、そこからどういう大学生活を送るのかが大切。
入社したとして、そこからどういう社会人生活を送るのかが大切。
結婚したとして、そこからどういう結婚生活を送るのかが大切。
金持ちになったとして、そこからどういうお金の使い方をするのかが大切。
なので自分は、
「ドイツの森の幼稚園の先生として、どういうゴールを迎えたいのか?」
この問いについて考えたいのである。
考える時の視点として参考にしたいことが2つ。
1つ目は、「「年収がもっと欲しかった」「もうひとつ別荘やクルーザーが欲しかった」「管理職になりたかった」「地位や名誉が欲しかった」なんて話は一切出てきません。」ということ。
「人生の最後で誰もが人間同士の絆について話す」らしく、お金や名誉のことは話題に上がらないとのこと。
なので、ドイツの森の幼稚園の先生になって、「稼ぎたい!」だったり、「偉い人になりたい!」だったりというゴールは、設定したくないと思う。
2つ目は、世代によって違う幸せの感じ方を考慮するということである。
自分が10~20代の時は、「⑥マイペース型」だったなと思います。「将来の夢や目標、自分への誇りが幸せにつながる」と考えて、色んなことに挑戦した時期でした。自分のやりたいことをやることが出来たので、幸せだったなと思います。もっと上手く出来たなと思うことはありますが、その都度その都度で、その時の自分のベストを出してきたつもりなので、後悔は殆ど無いです。
自分の30~40代は、「⑩家庭菜園型」になるのかなと予想します。このタイプは、自我に価値を置くが故に、「自分の精神」という畑に、種をまいて耕し、自分の幸せを育てる人です。前出の「⑥マイペース型」も自我に価値を置いていたので、系統的に繋がっています。
「⑩家庭菜園型」は、精神的な充実感や精神的なゆとりが何よりも大切で、だからこそ平和や安定した社会環境を望むらしい。物質的な充足感には興味なし。
なので、30~40代の自分としては、「どれだけ精神的に良好な生活が送れるか」がキーポイントになるのかなと思います。視点の1つ目で、「人間関係」の話が出ていたので、それと組み合わせると、「どれだけ精神的に良好な人間関係を築けるか」になるかと。
内向的な自分ですが、30~40代は無理のない範囲で、交友関係を広げることを意識していったら良いかもと思えた。
自分の50~60代は、「22:ほがらか型」が合っているかなと思う。「周囲の人間関係」を大事にして、信頼できる友人や知人がいたら幸せを感じるタイプ。30~40代で築いた交友関係を大事にしていけたら良いなと思う。
50~60代の幸福度としては、「他人や社会全体」に貢献したいと考えるタイプ(⑰⑱⑳22)が上位4位までを独占している。自分としては、狭く深くのタイプなので、周囲の人間関係(=自分と関わりをもった人達)に貢献できれば充分かなと思っている。
貢献していく対象としては、
・森の幼稚園の先生という立場で、接する子ども達、保護者、同僚に対して
・noteなどのSNSを通じて、教育やドイツに興味のある人に対して
という感じですかね。
森の幼稚園は素晴らしいものだと思っているので、それを存続、繁栄させるような活動も出来たら良いなと思いますね。「森の幼稚園の認知を広める!」的な?
今書いてて良いなと思ったのは、「森の幼稚園の認知を広める!」ということである!これを立川談志の「伝統を現代に!」みたいなスローガンとして持ち続けたら良いんじゃない?
自分としては、全ての子ども達が森の幼稚園で育つべきだとは思っていない。ただ、森の幼稚園はとても良いと思うし、子ども達にとって「最高のおもちゃ箱」だと信じている。
この”おもちゃ箱”で遊べる子ども達が増えたら、きっと良い社会が出来上がるのではないか?
子どもは社会の宝であり、その社会を映し出す鏡である。そんな子ども達が、一人でも多く森の幼稚園に触れることで、幸福になり、健康になれば、それはすなわち、社会貢献にもなるのである。
「森の幼稚園が子ども達にとっての最高のおもちゃ箱である」という”初心”を忘れずに、それを子ども達に広めるようにしていくのが、自分のなすべきことではないだろうか?
なので、「ドイツの森の幼稚園の先生として、どういうゴールを迎えたいのか?」という質問への答えとしては、「森の幼稚園の認知を出来る限り広めていきたい!」ということになると思う。
そうやって森の幼稚園を広めていく中で、森の幼稚園を軸として、友好関係を広げて、深めていけたら良いなと思う。
自分なりの回答が導き出せて満足。森の幼稚園が広まることに繋がる活動は、積極的にやっていきたいと思う!
