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「しゃくだけど 勉強には にんじんと同じくらい栄養があるみたいよ 食べなきゃ」(森高千里 『勉強の歌』)

ある方の記事を読んで面白いものを発見した。

1991年にリリースされた曲。自分は1993年生まれ。

作詞が「森高千里」となっているので、ご自身で書かれている!

学校系のアニメのオープニングテーマとして使用されていた。



テストさえ無かったなら 学校は楽しいとこ
勉強はきらいだった 私
毎日授業中には 窓の外眺めていた
夢ばかりみていたのよ 私

でも英語だけでも まじめにしておけば
今頃私は かっこいい国際人

勉強はしないよりも しておいたほうがいいわ
一つでも 得意なもの あるはず
勉強は出来るうちに しておいたほうがいいわ
後になって 気付いたって 遅いわ

遊んでばかりいたのよ それはそれで楽しかった
真黒に日焼けしてた 私

でも歴史だけでも まじめにしておけば
今頃私は ちょっとした文化人

勉強はしないよりも しておいたほうがいいわ
一つでも 得意なもの あるはず
勉強は出来るうちに しておいたほうがいいわ
後になって 気付いたって 遅いわ

しゃくだけど 勉強には にんじんと同じくらい
栄養があるみたいよ 食べなきゃ
勉強は出来るうちに しておいたほうがいいわ
後になって 気付いたって 遅いわ

話のネタとして、この歌を知っておくと良いかなって感じ。


前にこんな記事を書いたけど、


今では、「学校で勉強する意味」については、この考え方がしっくり来ている☟


「興味がないこともむりやり勉強させられる」とうのは、言い換えれば、「自分の得意不得意を見極めるのに最適」とうことである。

個人的には、確か立川談志が言っていたような気がするのだが、学校とは「思い出作りに最適な場所」という定義を採用している。

2017年にドイツへ留学する前に、Facebookに記したコメント☟


なので、「勉強がつまらない」と言うなら、とことんそのつまらなさを味わうのも1つの選択だし、友達と一緒に勉強したり、自分なりの勉強方法を編み出したりするのも良い体験になると思う。

つまり、『思い出を作る』という目的があって、その手段として「勉強」や「学校生活」、「行事」などが存在していると思っている。なので、手段である「勉強」にフォーカスするのはちょっと違うのかなと思ってる。


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