6年越しの夢舞台!恋焦がれてきたPiA-Ausbildungの初日を迎えるまでのmy way!
ついにここまで来たなという気持ちである。
日本にいた頃に「ドイツで森の幼稚園の先生になる」という夢を諦めたこともある。
だけど、紆余曲折のあった日々の中で、自分の心が決めたままに自分の道を歩んで行ったら、今の場所に辿り着くことが出来た。
留学終わりの大学生時代(2018年4月~2019年3月)
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「ドイツで森の幼稚園の先生になりたい!」と思ったのは2018年の夏である。ドイツの森の幼稚園で1年間の実習を終えて、3月に日本に帰国した自分は就活をしないといけない年代だった。
そこで、自分はまず「森のようちえん全国ネットワーク」に掲載されている森のようちえんのホームページを片っ端から見ていき、気になった所へ見学のメールを送った。
見学させて頂いた森のようちえんとご縁があれば、そこに就職させて頂きたいと考えていた。だけど、見学をする度に、自分の頭の中にはドイツで実習させて頂いた「Waldzwerge森の幼稚園」の記憶が蘇ってくるのである。
そこでの1年間の実習を通じて、自分の森の幼稚園の理想像はWaldzwerge森の幼稚園になった。ドイツで実習をしている時は、「日本で自分の森のようちえんを創りたい!」と考えていたけど、見学をしながら日本における森のようちえんの状況を詳しく知るにつれて、「やっぱり、森の幼稚園の本場であるドイツで自分は勝負したい!」という思いが大きくなっていた。
なので、自分は5月から就活をやめて、ずっとドイツ語の勉強に明け暮れた。自分の性格上、「一意専心」しか出来ない不器用タイプなので、就活と勉強を同時進行で行ったら、どちらも中途半端になることが目に見えていた。なので、自分は「ドイツ語」を選択し、自分のドイツ語力を高めて、ドイツの大学で教育学を学ぼうと考えていた。
今振り返れば、この時の勉強法が最悪だった。この記事で書いたことだけど、「ドイツ語の基礎が出来てないくせに、カッコつけて長文を覚えようとしていた」のである。
ドイツに留学して身につけたドイツ語力は「Guten Tag」や「Danke」に毛が生えたくらいである。そりゃあ、1年もドイツに居れば、この場面ではこう言うみたいなことが分かってくるし、子ども達とは遊びを通じてコミュニケーションをとっていた。だから、自分のドイツ語力は向上したのではなくて、”ドイツ語を使う場面に慣れた”だけである。
それにもかかわらず、当時の自分は「1年間のドイツ留学を終えた。しかも、森の幼稚園での実習も1年間成し遂げた。」ということから自信を得ており、高いレベルのドイツ語も出来るだろうと考えていたのである。
基礎が無いから、その上に発展を積み重ねようとしても、崩れるのは当然である。ドイツ語の勉強に時間を費やしたものの、ドイツの大学入学レベルに到達することは出来なかった。今考えれば当然の結果である。
そして気が付けば、秋になっていた。このまま向上する見込みのないドイツ語の勉強を続けるのか、それとも、秋就活をして日本で働く道を選ぶのか。2つの選択肢を目の前にした自分は、「秋就活」を選んだ。それはつまり、ドイツで森の幼稚園の先生になることを諦めるという決断であった。
秋就活は上手くいった。面接の際に、留学経験やトビタテのことを話せば、人事の方から好印象を持ってもらうことが出来た。自分としては留学経験を活かして海外で働きたいと考えていたので、海外進出を掲げていた会社に入社した。
社会人時代(2019年4月~2022年3月)
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この記事に書いた通り、社会に出て学んだことの1つが、「自分の夢を他人に預けるのは愚か!」ということである。
自分は海外で働くことを、会社を通じて達成しようとしていた。だけど、自分が入社してから半年が経った後に、社長の一存で「まずは国内で基盤を創ろう」という会社方針になってしまったのである。
「他人の思い付きで自分の夢が壊されるなんてたまったもんじゃない!」と思うと同時に、他人に頼っていた自分の甘さを心から痛感した。しかも、よりによって、大切な自分の夢を他人に託すなんて、本当に甘ったれである。
会社からの海外赴任を待つ人生なんてまっぴらだし、そもそもそのチャンスが訪れるかも不明瞭である。海外で働く最も確実な方法は、自分で海外に行くことだと思い知った。
だから、自分は8カ月でその会社を辞めて、ドイツでオペアを始めた。オペアをしながらドイツ語を勉強したいと思ったのである。ただもう、そこのファミリーが自分にとって最悪だった。BFDのセミナーで出会ったジョージアの奴や他人のモノを損壊するクソ同居人と同じレベル。自分の1個前のオペアの人は1週間で逃げ出したらしい。
自分は3カ月間、そのファミリーの元で暮らした後に、日本に帰った。ちょうどコロナが流行り出した頃であり、「こんなクソファミリーと一緒にコロナを乗り越えられるわけがない」と思っていた。
帰国後は無職の状態なので、就活をしていた。ちょうどその時期に、職業訓練という制度を知る。色んなコースがあるのだが、自分が興味を持ったのは「パン製造」だった。
ドイツのパン文化は2014年に無形文化遺産になっている。森の幼稚園と同じく、ドイツはパンの本場であると言える。自分は「本場」ということに結構こだわる性格なので、パン屋さんになるのも悪くないなと思った。
日本でパン屋さんとして頑張れば、その先にはドイツで働くという未来を想像することが出来た。しかも、パン屋さんだったら、技術の仕事なので、ドイツ語が上手くなくてもやっていけると思った。
なので、パン屋さんとしての職業訓練を半年間受講して、卒業後はパン屋さんで働いた。ただ、働いてお金が貯まり始めて、ドイツに行くことの可能性が高まってきた時に、ふと疑問が湧いてきた。
どうせドイツに行くなら、森の幼稚園の先生として働けた方が良くね???
やっぱり、自分は森の幼稚園を諦めきれなかったのである。ドイツでパン屋さんになるよりも、森の幼稚園の先生になった方が絶対に良いに決まっている。自分の人生を振り返った時に後悔するのは、森の幼稚園の先生にならなかったことである!間違いない!
当時の自分は28歳であり、自分の人生を賭けて挑戦するなら、これがラストチャンスだと思っていた。で、自分はこのラストチャンスに賭けたかった。
これで失敗したら、潔く、綺麗さっぱりに、森の幼稚園のことは忘れられる。そう思えるようにやりきりたかったので、自分はパン屋さんを10カ月で退職した。
そして、ドイツ語の勉強に専念したかったので、貯金を元手に格安のアパートの一室を借りて無職になった。
無職時代(2022年4月~2023年2月)
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目標が無いとダラけてしまうと思ったので、12月に行われるゲーテB2の試験に照準を定めた。
この時の1番の懸念は、大学生時代の失敗を繰り返してしまうのではないかということである。それだけは絶対に避けたかった。
なので、最初に取り掛かったことは、自分に合った勉強法の発見である。図書館や本屋に置いてある「勉強法」の本を片っ端から読み漁った。
有名な話だと思うけど(うるおぼえだけど…)、
2人の男が木の伐採の競争をした時に、一人はスタートと同時に斧で木を叩いていった。一方、もう一人は、斧を研ぎ始めた。叩いてる方は「よし、この勝負勝った!」と思ったけど、途中から斧の切れ味が悪くなって、伐採できなくなってしまった。一方で、斧を研ぎ終わった男は、あっという間に木を伐採してしまった。
ということなので、先ずは「正しい勉強法」を確立させる(=斧を研ぐ)のが最優先事項だと考えていた。
本に書いてある勉強を何個も試してみたけど、一向に自分に合った勉強法が見つからない。3カ月の時が経った時に、ふと閃いた☟
日本語だと、
行く
という文字を見た時に、
1:「いく」と読む(発音)
2:どういう動作を示すのか分かる、つまり、言葉の意味が分かる(意味)
3:「学校に行く」、「レストランへ行く」などの使い方が思い浮かぶ(用法)
ということが、日本人なら自然とできていることに気付いた。
逆を言えば、
自分が習得したい外国語でソレが出来ればいいんじゃね?という話。
例えば、ドイツ語で
gehen
という文字を見た時に、ドイツ語に親しんでいない人にはちんぷんかんぷんである。
そこで、勉強する必要性が出てくるのだが、その際に理解すべきことは、
1:「げーえん」と読む(発音)
2:「行く」という意味である(意味)
3:「zur Schule gehen」、「zum Restaurant gehen」と使う(用法)
ことであると考えた。
この気づきは自分にとって青天の霹靂だった。
これに気付いてからというもの、自分が持っていたドイツ語に対するプライドを取っ払い、gehenやspielenといった超が付くほどの基礎単語から深堀りすることにした。
そのおかげで、自分のドイツ語基礎力が少しずつ身に付いていった。その基礎の上に、ゲーテB2の試験に必要な発展知識を乗っけても、全然ブレなかった。
この勉強法をものにした結果、自分はゲーテB2に一発で合格することが出来た!
社会人&BFD時代(2023年2月~2024年8月)
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ゲーテB2に合格したので、Ausbildungをする際の語学証明が可能となった。あとは、契約を結ぶだけである。
BFDの契約を結ぶまでの時系列はこの記事にまとめてある☟
また、資金も貯めておきたかったので、ドイツに出発するまでの間は、警備員として働いた☟
BFDの出来事はマガジン2つを使って、まとめてある☟
PiA-Ausbildungの実習初日(2024年9月9日)
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2018年4月の「留学終わりの大学生時代」から抱いていた、『ドイツで森の幼稚園の先生になる!』という夢のスタートラインに、6年かけて、ようやく辿り着いた。
途中でその夢を諦めて、別の道に進んだこともあったが、森の幼稚園の道に戻って来た過去の自分の判断は正しかった。
無職になって資金の食いつぶし生活をするというリスクを背負って得た膨大な時間を使った”賭け”に、自分は勝った。
そして、2024年9月9日の今日、夢に向かって、1歩を踏み出すことが出来た。
この夢を捨てることはもう2度と無い。大事に手元に持っておいて、自分の道を歩み続ける。
実は、今日の実習中は、まだ許可証がもらえることを知らない状態でいた。許可証は無いけども、実習先が「来て良いよ」と言ってくれたので、実習をしたのである。
で、実習終わりにメールを確認してみると、嬉しいことに「OK」の連絡が来ていたのである。
実習中は許可証が無かったので、なんか申し訳ないというか、「本当は違うのにな…」みたいな、完全に乗り気ではない自分だった。
だけど、許可証を貰えばこっちのもんである。
正々堂々と、胸を張って、声高らかに
「自分はPiA-Ausbildungをしている!」
と言うことが出来る!これほど嬉しいことは無い!
今の自分は名曲の「my way」に気持ちを重ねて、PiA-Ausbildungへのモチベーションが爆上がり中である!笑
(スピッツの「夢追い虫」も良いなと思ったけど、この記事でもう使っていたので、今回は「my way」にした…笑)
(好きなバージョンがYouTubeにあがってなくて、残念…)
もちろん、シナトラのmy wayも最高…!



