JW1001 武田王の館
【東征帰還編】エピソード7 武田王の館
第十二代天皇、景行天皇の御世。
西暦111年、皇紀771年(景行天皇41)。
ここは「酒折の宮」(山梨県甲府市酒折)。






東征をつづける、日本武尊(以下、タケル)一行は、「甲斐の国造」の「甲斐の君の塩海」(以下、塩)と、「速彦の宿禰」の親子が接待する中、この地に留まっていた。


タケル(30)「ということで、再び甲斐国(今の山梨県)を巡るぞ。」
ダータケ「では、我の館にお越しくだされ。」
わかたけ「エピソード996で、父上(タケルのこと)から賜った館のことじゃな?」
ダータケ「御意。」
タケル(30)「ふむ。では、『ダータケ』の館を訪ねてみようぞ。」
こうして、一行は、「ダータケ」の館を訪れた。
ウィル「立派な館じゃねぇか!」
バヤジト「真・・・素晴らしい。」
ダータケ「して、我の館は、そののち、我を祀る社となりもうした。」
タケル(30)「ん?」
塩「それが、武田八幡宮にござりまする。」


タケル(30)「八幡と申せば、俺の孫、応神天皇のことではないか?」
ダータケ「御意。なぜか、二千年後は、応神天皇が祀られておりまする。」
タケル(30)「汝は、どうなったのだ?」
ダータケ「相殿に、武田武大神と申す神が祀られておるのですが、それが、我のことであろうと・・・。」
タケル(30)「そうか・・・。」
速彦「ちなみに、相殿とは、本殿の脇に建てられた宮のことにござんす。」
だねお「ということは、応神天皇に、主祭神の座を譲ったんきゃ?」
ダータケ「そうだと思いまする。」
わかたけ「もしや、汝が、応神天皇の父になるのでは?」
ダータケ「いえ。違いまする。応神天皇の父は、仲哀天皇と申す御仁にござりますれば・・・。」
わかたけ「その仲哀とやらが、汝を指すのかもしれぬぞ?」
ダータケ「本殿の中殿に応神天皇、左殿に仲哀天皇、右殿に息長足姫尊が祀られておりまする。それとは別に、武田武大神が祀られていることを考えれば、我が、仲哀天皇ではないことは、明らか・・・。」
ウィル「じゃあ、誰が仲哀天皇になるんだよ? 皇子の息子の誰か・・・ってことだよな?」
わかたけ「もしや、我か?」
タケル(30)「いずれ分かるであろう。」
だねお「皇子は、気にならんのですか?」
タケル(30)「俺が、大王になることは、分かっておるが、そのあとのことなど、今、考えたところで、どうにもなるまい。」
バヤジト「ところで、鎮座地は、何処になりまするか?」
速彦「山梨県韮崎市の神山町北宮地にござんす。」




わかたけ「して、このあとは、如何なされまするか?」
タケル(30)「うむ。もう少し、北に進んでみようぞ。」
こうして、一行は北上し・・・。
邑人(い)「えっ?!」
邑人(ろ)「皇子ですか!?」
タケル(30)「皆の暮らしぶりを見ておきたくてな・・・。驚かせて、すまぬ。」
邑人(い)「滅相もない! 光栄にござんす。」
邑人(ろ)「ということで、皇子の徳を慕い、皇子と弟橘媛を祀る社を建てたでごいす。」

塩「それが、山梨県北杜市の須玉町若神子に鎮座する、東屋神社ですぞ。」





タケル(30)「夫婦で祀ってくれているとは・・・。ありがたい。」
邑人(い)「ちなみに、元々は、断崖の岩窟内に祀っていたんさよぉ。されど、西暦1983年、皇紀2643年、昭和58年に、工業団地を建設することになり、この地に遷ったんさよぉ。」
タケル(30)「こうぎょだんち?」
とにもかくにも、神社が創建されたのであった。
つづく
