第3話:『酸欠と酸化の間で生きる體』 −なぜミトコンドリアだったのか?−
序章|“酸素は毒だった”という衝撃からはじめよう
私たちは、毎日、何も意識せずに呼吸をしています。1日に約2万回、酸素を吸い込み、二酸化炭素を吐き出す。この“当たり前の営み”こそが、生きることの証です。しかし、考えたことはあるでしょうか?
そもそも酸素は、生命にとって“毒”だったのです。
地球が誕生したばかりの頃、空気中に酸素はほとんど存在していませんでした。そこに光合成を行う微生物が現れ、酸素を大量に放出。やがて大気の組成は激変し、多くの生命が絶滅する。
それが「グレート・オキシデーション・イベント(大酸化事変)」です。
酸素は、命を支えるエネルギー代謝を可能にする一方で、同時に細胞を老化させ、損傷させる酸化ストレスの源でもあります。
この矛盾を体内で引き受けているのが、ミトコンドリアです。細胞内にあるこの小器官は、酸素を燃やしてATPを生み出す“発電所”であり、同時に酸素の副作用である“活性酸素”という毒を生み出す場でもあります。
さらに、酸素が不足したとき、つまり“酸欠”状態になると、細胞はエネルギーを失い、代謝は破綻し、痛みや炎症が始まるのです。
酸素は、多すぎても毒。少なすぎても毒。
その“はざま”に立って、生きているのが私たちです。
今回の記事では、
酸素の地球史的起源
好気性と嫌気性という生命の戦略
ミトコンドリアが引き受けた「酸素という矛盾」
酸化と酸欠がもたらす病態
酸素を活かすための呼吸・血流・栄養戦略
こうした視点から、「酸素とミトコンドリア」という見えざる共犯関係を紐解いていきます。
生きるとは、酸素とどう付き合うか。
この“二面性の気体”と向き合うことこそが、生命の本質なのかもしれません。
八五、 酸素と栄養の供給は足りているか?摂り過ぎていないか?適量摂取でミトコンドリアを喜ばせろ。
— 續池均(kintsuzuike)@MTR Method Lab®︎ (@kintsuzuike) July 16, 2021
第1章|酸素は“もともと毒”だった
― 生命の歴史に刻まれた“空気の革命” ―
■ 酸素のなかった地球
今では空気の約21%を占める酸素。しかし、地球が誕生した約46億年前、その大気には酸素などほとんど存在していませんでした。
当時の空気は、水素、メタン、アンモニア、二酸化炭素などを主成分とする“還元的な環境”でした。このような環境で生きていた生命は、嫌気性生物、つまり酸素を必要としない微生物たちです。
酸素はなくても、彼らはエネルギーを生み出し、静かに地球の海に生命圏を広げていたのです。
■ 光合成の登場と大酸化事変
しかし約27億年前、事態は一変します。
シアノバクテリアなどの微生物が、光合成という画期的な代謝を獲得したのです。
光エネルギー + 水 + 二酸化炭素 → ブドウ糖 + 酸素
この代謝は、空気中に“酸素”という全く新しい気体を放出し始めます。当初は、海中の鉄分や火山性の還元物質が酸素を吸収していましたが、やがてそれらが飽和し、大気中に酸素が蓄積され始めます。
そして約24億年前。
ついに酸素濃度が一定の閾値を超え、地球の化学環境が一変する「大酸化事変」が起きました。
■ 酸素は猛毒だった
このとき何が起きたのか。
結論から言えば、酸素の登場によって、地球上の生命の大半が絶滅しました。
酸素は非常に反応性が高く、あらゆる有機物と結びついて“酸化”を引き起こします。嫌気性生物たちにとって、それはまさに“毒ガスの襲来”だったのです。
酸素の分子は、安定しているように見えて、実は極めて“気まぐれ”な性質を持っています。体内に取り込まれた酸素は、一部がフリーラジカル(活性酸素)という極めて反応性の高い分子に変わり、細胞膜、タンパク質、DNAを次々に破壊していきます。
酸素は、燃やす力と壊す力を併せ持つ、まさに“二面性の気体”。
この気体が大気を支配しはじめたことで、「酸素に耐えうる新しい生命体」だけが、次の時代へと進むことを許されたのです。
■ ミトコンドリアの誕生と“酸素の飼い慣らし”
やがて、酸素を逆手に取ってエネルギーを爆発的に生み出す“共生”の戦略が登場します。それが、真核細胞とミトコンドリアの共進化です。
ミトコンドリアは、元々は酸素を使える好気性細菌だったとされ、それを細胞が取り込み、共生関係を築いたという説が有力です(エンドシンビオント説)。
この“共生体”のおかげで、私たちの細胞は酸素を使って効率よくATPを生成できるようになりました。同時に、酸素の持つリスク(酸化ストレス)を体内で制御するシステムも整っていきます。
つまり、生命は酸素を毒として排除するのではなく、毒を飼い慣らすという“進化の賭け”に出たのです。
■ 酸素の歴史は、生命の覚悟の歴史
酸素は、あまりに強力なエネルギー源であり、あまりに危険な酸化剤です。
その二面性を受け入れ、命を燃やす代わりに老いを受け入れる。それが「酸素を使う」ということの代償です。
そして現代、その酸素が足りない「酸欠」や、過剰に暴れる「酸化ストレス」が、私たちの體に様々な不調や病をもたらしています。
酸素の本質を知らずに生きることは、火の性質を知らずに火を使うようなもの。
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ミトコンドリア物語
ミトコンドリアは、生命の“発電所”として私たちの體を動かし続けています。しかし、その働きは単なるエネルギー供給にとどまらず、老化・代謝・免…
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