この頃のわが家|不登校
娘が新しい精神科に通っていた頃、わが家にはもう一つ、大きな問題がありました。
義母の認知症です。
当時の私は、自分たちがどのくらい大変な状況にいるのか、よく分かっていなかったように思います。
義母のことも、娘のことも、
私がやらなくちゃ。 私が頑張らなくちゃ。
そんなふうに思っていました。
ある時、義母のケアマネジャーさんから、
「施設への入所を考えてもいいくらいの状態です」
と言われました。
私は、すぐに返事をすることができませんでした。
義母は夫の母です。
夫の気持ちを考えると、嫁である私から「施設に」とは言えませんでした。
すると、
「私から旦那様にお話ししてもいいんですよ」
と言ってくれました。
プロの目から見ても、施設を考えていいくらいの状態だったこと。
そして、限界を感じた時には頼
れる人がいること。
それが分かっただけで、気持ちがずいぶん楽になりました。
義母はショートステイを最大限利用するようになり、ケアマネジャーさんをはじめ、たくさんの方に支えてもらうことで、家の負担も少し軽くなっていきました。
娘の状態は相変わらずでした。
それなのに、この頃の私は、自分でも不思議なくらい元気でした。
乳がんになる前より疲れにくくなり、朝も起きられるようになっていました。
長年悩まされていた頭痛や肩こりも減り、身体だけでなく、気持ちまで軽くなっていました。
そして、乳がんをきっかけに、ある方のブログを夢中になって読むようになったのもこの頃です。
その方の考え方に影響を受け、私も少しずつ家の中を整え始めました。
最初にしたことの一つが、お風呂場にあった洗剤のボトルのラベルを剥がすことでした。
色や文字がなくなっただけなのに、驚くほど気持ちがいい。
私は、色彩や物のごちゃつきを、ノイズのように感じる人だったんだ。
そんな小さなことから、自分が何を心地いいと思うのかにも気づき始めました。
義母の介護がなくなったわけでも、娘が元気になったわけでもありません。
何かが解決したわけではないのに、
見える景色が少しずつ変わり始めていました。
そんな頃、娘にある出来事が起こりました。
今振り返ると、そこが、わが家の流れが変わり始めた地点だったように思います。
