10歩で引き返した朝、息子の手が大人だった

いつものように白杖を持ち、玄関の扉を開けました。
その瞬間、雪と風が一緒になって押し寄せてきました。
暴風雪でした。

ブーツが埋まるほどの積雪。
たった一歩目で、いつもの道の手がかりが消えるのがわかりました。
音も、白杖の先も、足裏の感覚も、雪に飲まれていく。

見える人にも、似た感覚があるかもしれません。
濃い霧の中で、よく知っている道が急に知らない場所になる、あれです。

10歩ほど進んだところで思いました。
これは遭難する。
気づいたら私は、家の中に戻っていました。

家には思春期の息子がいます。
普段は私のほうが大きな顔をしているのに、こういうときだけ小さくなる。

正直、恥ずかしかった。
でもそれ以上に、頼るしかない現実がありました。

息子に言いました。
一緒にいってちょーだい。

息子は少し面倒くさそうにしながらも、来てくれました。
「えー、まじで」と言いながら靴を履く音がして、ほどなく玄関に立つ気配がしました。

そして息子は私の左腕に手を添え、ゆっくりと誘導してくれました。
肘のあたりに触れた手が、思ったより大人の手で。
私の体を、ちゃんと支えてくれているのがはっきりとわかりました。

幼稚園の頃、私が帰ると「おとうさーん」と言いながら、道路にいる私の胸へ体当たりしてきた子どもたち。
あの小さな手が、今は私を支えている。

支えられているのに、悔しくなかった。
むしろ、誇らしかった。

親なら誰でも経験する「追い抜かれる瞬間」があります。
それが今日は、雪道の10歩で訪れました。

普段から家族に助けてもらうことはあります。
それなのに今日は、息子の背中が一段とたくましく見えました。

「頼る」という行為の中に、いつの間にか「育っている」という事実が混ざっていたのだと思います。

父として、胸の奥が熱くなりました。
涙腺がゆるんで、泣きそうになりました。

壁があると、人は考えます。
今日の壁は、暴風雪でした。
越える方法は、無理に進むことじゃなく、息子に手を借りることでした。

最近、誰の手を借りましたか。
あるいは、誰の手を取れましたか。


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