青写真【#シロクマ文芸部】
「青写真は描いていたの。子どもは二人産んで、大きな犬を飼って、夏にはキャンプに行くの。夫と結婚したとき、一緒に思い描いていたわ」
そうつぶやいてから、母は和彰の実の母である伊東さんについて話し始めた。
私が以前勤めていた法律事務所は主に借金問題を扱っていた。いまから25年前に伊東さんは幼い和彰を連れて法律事務所を訪ねてきた。
夫が借金を抱えたまま蒸発してしまい、残された伊東さん宅に毎日のように借金取りが来るようになった。借金したのは夫だ、夫の行方は知らないと何度も説明したが、まったく聞く耳をもってくれなかった。
ある日、夫の行方が判明した。夫は事故死していた。多額の生命保険が掛けられていて籍が入ったままであった伊東さんが受け取った。そのお金で借金は返済したものの、夫の事故死に関わっていたのではないかと警察からさんざん疑われた。最終的には事故死と結論付けられ保険金も支払われたのだが、人間不信となり精神的にかなりダメージを受けていた。
借金問題も落ち着いて最後の手続きを行うために法律事務所に訪れたとき、妙にソワソワしていたのが気になっていた。ちょっとトイレに行ってくると席を立ったが、なかなか戻ってこなかった。トイレに行ってみると伊東さんは姿を消していた。
ベービーカーに残されたままの和彰を覗き込むと天使のような顔で微笑んでいた。母親がいなくなってしまったというのに。和彰のほっぺを軽く突くと私の指を握ってくれた。その瞬間、和彰は私が育てるのだと決意した。
私たち夫婦のもとに赤ちゃんはきてくれなかった。辛い不妊治療の末、赤ちゃんは諦めて二人で楽しく暮らしていこうと決めたばかりだったのに。
それでも夫に相談しよう。きっと賛成してくれるに違いない。不思議とそれは確信に近い思いをしたのだった。
「そうか。母親がいなくなったのに俺は無邪気に笑ってたのか」
「そぉね。天使のような笑顔だったわ」
「父さんはすぐに賛成してくれたのかな?」
「和彰を一目見て、運命を感じたみたいよ」
「やっぱり、秋田に行ったときに会っておけばよかったのかな…」
誰に言うわけでもなく和彰はつぶやいていた。
「大事な話を聞いたら、なんか、お腹が空いてきたな。みんなで何か美味しいものでも食べに行かない?」
「ちょっと待って。まだ終わってないわ。大事な話はここからなの」
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