なぜ、あの人とは分かり合えないのか。― 1万人の女性と向き合って辿り着いた『髙森式 思考・行動SM理論』(その2)
はじめに
その1に続き、その2もお読みいただきありがとうございます。
その1では、『髙森式 思考・行動SM理論』の基本となる考え方や、S族・M族それぞれの特徴についてご紹介しました。
そして、指の長さや二つの質問を通して、あなたはS族でしたでしょうか。それともM族でしたでしょうか。
その2では、「日常の中にあるS族とM族の違い」を、一つひとつ解き明かしていきます。
本当に面白いのはここからです。
それでは、早速見ていきましょう。
日常の中にあるS族とM族の違い
「なぜ?」と思っていたことが「なるほど!」に変わったり、「そうそう、あるある!」と笑いながら共感できたりする場面が、きっとたくさんあるはずです。
ぜひ、ご自身だけでなく、ご家族やご友人、職場の方など、身近な人を思い浮かべながら読み進めてみてください。
① なぜ女性誌を読む人と読まない人がいるのか。
女性誌をよく読む人もいれば、ほとんど読まない人もいます。
女性誌には、毎年のように、
「今年の春はこの色が流行!」
「今季注目のファッション!」
「話題のお店はこちら!」
といった特集が組まれています。
すると、その情報を楽しみにしながら読み、
「今年はこれを着てみよう。」
「今度、このお店へ行ってみよう。」
と自然に思う人がいる一方で、
「流行にはあまり興味がない。」
「私は私が好きなものを着る。」
そう考える人もいます。
では、この違いはどこから生まれるのでしょうか。
実は、この違いも『髙森式 思考・行動SM理論』では、とても分かりやすく説明することができます。
M族は、周囲との調和や人とのつながりを大切にし、「みんなはどうしているだろう」「今は何が流行っているのだろう」という視点で情報を自然と集めます。
そのため、流行を知ることは、単におしゃれを楽しむためだけではありません。
周囲との共通の話題にもなり、「みんなと一緒」であることや、「仲間の一員である」という安心感につながるからです。
例えば、女性誌で
「今年の冬はピンクのセーターが流行です。」
という特集が組まれれば、多くのM族は、
「かわいい。」
「着てみたい。」
と思い、自然とピンクのセーターを選ぶ傾向があります。
一方、S族は、流行よりも「自分は何が好きか」を判断基準にしています。
たとえピンクのセーターが流行していたとしても、自分は青色が好きで、自分には青色が似合うと思えば、迷わず青色のセーターを選びます。
流行よりも、自分の価値観を優先するからです。
そのため、ロリータファッションやパンクファッション、メイド系ファッションなど、個性的なスタイルを自分らしく楽しむ方にも、S族の特徴がよく見られます。
周囲からどう見られるかよりも、
「自分が好きだから着る。」
それがS族の考え方です。
一方、M族は、自分だけが周囲から浮いてしまうような個性的な服装を積極的に選ぶことはあまりありません。
周囲との調和を大切にし、「みんなと一緒」であることに安心感を持つからです。
だからこそ、女性誌は毎年、流行や人気の商品を数多く紹介します。
『髙森式 思考・行動SM理論』では、医学的知見と約1万人へのカウンセリング・施術・性教育セミナーから得られた統計を基に、M族は全体の約90%を占めるとしています。
つまり、女性誌は、最も多くの読者となるM族に向けて企画が作られています。
当然ながら、約10%しかいないS族よりも、約90%を占めるM族に向けて企画した方が、多くの読者に支持されるからです。
約10%しかいないS族は、もともと流行よりも自分の価値観を大切にするため、女性誌そのものにあまり興味を示さない傾向があります。
このように、女性誌を読む人と読まない人の違いも、S族とM族、それぞれの判断基準の違いから自然に生まれているのです。
② なぜ友達の数の感覚が違うのか
「あなたは、友達が多い方ですか?」
そう聞かれたとき、人によって答えは大きく違います。
「友達はたくさんいます。」
と答える人もいれば、
「本当に友達と呼べる人は数人しかいません。」
と答える人もいます。
実は、この違いも『髙森式 思考・行動SM理論』では、とても分かりやすく説明することができます。
その理由は、S族とM族では、「友達として数える基準」が大きく違うからです。
M族は、人とのつながりや仲間意識を大切にします。
そのため、食事会や飲み会、趣味の集まりなどで何度か顔を合わせ、一緒に時間を過ごした人であれば、自然と友達として認識します。
たとえ、お互いのことを深く知らなくても、深い話をしたことがなくても、同じ時間を共有し、同じ場に集まる仲間であることに価値と安心を感じ、そのつながりを大切にするからです。
そのため、M族の人に、「友達は多いですか。」と聞くと、
「けっこう多いです。」
「友達はたくさんいます。」
と答える人が多く見られます。
一方、S族は、友達として数える基準がM族とは大きく異なります。
気が合うことや、趣味が同じということ、何度か顔を合わせたことがあるというだけでは友達とは考えません。
何でも本音で話すことができ、素の自分でいられ、自分が間違っているときには遠慮なく指摘してくれる。そして、お互いに心から信頼できる相手を、初めて友達として認識します。
S族にとって友達とは、一緒に過ごす時間の長さや会う回数ではなく、「この人には自分を偽ることなく、ありのままの自分でいられる」と思える存在なのです。
そのため、S族の人に、「友達は多いですか。」と聞くと、
「友達は少ないです。」
「本当に友達と呼べる人は数人ですね。」
という答えが返ってくることがほとんどです。
これは、人付き合いが苦手だからではありません。
友達に求めるものが違うため、友達として数える基準が違うのです。
M族は、一緒に過ごす仲間を友達と考えます。
S族は、心から信頼できる相手だけを友達と考えます。
だからこそ、M族は友達の数が多くなり、S族は友達の数が少なくなります。
どちらが良い、悪いということではありません。
友達という同じ言葉を使っていても、その意味や価値観が大きく違うため、「友達は多いですか。」という同じ質問でも、まったく違う答えになるのです。
このように、友達の数の感覚の違いも、S族とM族、それぞれの判断基準の違いから自然に生まれているのです。
③ なぜ大人数で集まりたがる人と、そうでない人がいるのか
②「なぜ友達の数の感覚が違うのか」では、S族とM族では、友達として数える基準が大きく違うことをお伝えしました。
実は、その違いは、普段の人付き合いや、食事会・飲み会、交流会などへの参加の仕方にも自然と表れてきます。
大人数で集まることを好む人もいれば、一人、もしくは少人数でゆっくり過ごすことを好む人もいます。
いつも食事会や飲み会に誘っているのに、なかなか来てくれない人や、毎回断ってくる人がいます。
「どうして来てくれないのだろう。」
「みんなで集まるのは楽しいのに、なぜいつも断るのだろう。」
そう思ったことがある人もいるかもしれません。
実は、この違いも『髙森式 思考・行動SM理論』では、とても分かりやすく説明することができます。
M族は、人とのつながりや仲間意識を大切にするため、多くの人と同じ時間を共有することに安心感を覚えます。
そのため、食事会や飲み会、女子会や交流会など、大人数で集まる場にも積極的に参加する傾向があります。

もちろん、その場で交わされる会話は、近況報告や世間話など、表面的な内容が中心です。
しかし、M族にとって大切なのは会話の内容ではありません。
「みんなと一緒にいる」「同じ時間を共有している」ということそのものに価値を感じるため、そのような場を楽しむことができるのです。
この特徴は、スポーツ観戦でもよく表れます。
もちろん、野球場やサッカー場、相撲の本場所など、その競技を実際に観戦するために会場へ足を運ぶこととは別の話です。
ワールドカップやオリンピックなどの大きな大会になると、自宅で観戦するのではなく、スポーツバーやパブリックビューイングなど、多くの人が集まる会場へ足を運ぶ人も少なくありません。
そこに友達や知り合いがいなくても構いません。
同じチームを応援し、一緒に喜び、一緒に盛り上がる。
その一体感や、「みんなとつながっている」という安心感が、M族にとって大きな魅力なのです。
一方、S族も、ワールドカップやオリンピックに興味がないわけではありません。
同じように試合を楽しみ、熱く応援する人もたくさんいます。
しかし、多くの知らない人が集まるスポーツバーやパブリックビューイングなどへ足を運び、一緒に盛り上がることには、あまり魅力を感じません。
応援するのであれば、自宅で一人ゆっくり観戦したり、本当に気の合う友達と少人数で観戦することを好みます。
また、食事会や飲み会へ誘われても、表面的な会話や社交辞令のようなやり取りが続く場では、「あまり面白くない」と感じることが多いのです。
そのため、多くのS族は、一度参加したとしても、その後はそのような集まりへの誘いを断るようになります。
決して、人付き合いが嫌いだからではありません。
心から信頼できる人と、深く語り合える時間の方が、自分にとって価値があり、心地よいと感じているからです。
そのため、S族の中には、
「どうして私は、大人数で集まることが苦手なのだろう。」
「どうして誘われても行きたいと思えないのだろう。」
「みんなは楽しそうなのに、どうして私は同じように楽しめないのだろう。」
「私は協調性がないのだろうか。」
「私って、おかしいのかな。」
そのように悩んだ経験がある人も少なくありません。
しかし、『髙森式 思考・行動SM理論』では、それは人付き合いが苦手だからでも、協調性がないからでもありません。
S族としての自然な特徴なのです。
このように、大人数で集まることを好む人と、少人数で過ごすことを好む人の違いも、S族とM族、それぞれの判断基準の違いから自然に生まれているのです。
④ なぜ一人でも平気なのか
②「なぜ友達の数の感覚が違うのか」、③「なぜ大人数で集まりたがる人と、そうでない人がいるのか」では、S族とM族では、人とのつながりに対する考え方が大きく違うことをお伝えしました。
その違いは、一人で過ごす時間の感じ方にも自然と表れています。
一人でいることが苦にならない人もいれば、一人でいると寂しさや不安を感じる人もいます。
実は、この違いも『髙森式 思考・行動SM理論』では、とても分かりやすく説明することができます。
M族は、人とのつながりや仲間意識を大切にするため、誰かと一緒に時間を過ごすことに安心感を覚えます。
③でもお伝えしたように、M族にとって大切なのは会話の内容ではありません。
「みんなと一緒にいる。」
「誰かとつながっている。」
そのこと自体が安心感につながるため、一人で過ごすよりも、誰かと一緒に過ごすことを自然と選びます。
そのため、一人でいる時間が長くなると、
「みんなは何をしているのだろう。」
「私だけ仲間外れになっていないだろうか。」
そんな寂しさや疎外感を感じる人も少なくありません。
だからこそ、人が集まる場所へ足を運び、その中に自分の居場所を見つけることで安心するのです。
一方、S族は、一人でいることに不安を感じることはほとんどありません。
むしろ、友達でもない人と表面的な会話をしながら時間を過ごすのであれば、一人で過ごした方が気楽で心地よいと感じます。

誰かと一緒にいなければ不安になることもなく、「みんなと同じでいたい」という気持ちもあまりありません。
そのため、一人で買い物へ出掛けたり、一人で散歩を楽しんだり、一人でカフェに入ったりと、一人の時間を自然に楽しみます。
もちろん、本当に気の合う友達と過ごす時間は大切にします。
しかし、それ以外の時間は、誰かと一緒にいることにこだわるよりも、自分のペースで自由に過ごす方が心地よいのです。
たとえ休日に一日中家でゆっくり過ごしていても、それを退屈だとは感じません。
外へ出掛ける日もあれば、自宅でのんびり過ごす日もある。
そのどちらも、自分が心地よいと思える時間であれば、それで十分なのです。
こうしたS族の特徴は、日常生活のさまざまな場面にも自然と表れています。
その代表的な例が、会社やパート、アルバイト先などでの昼休みです。

M族は、同僚や仲間と一緒に昼食を食べながら過ごすことに安心感を覚えます。
一方、S族は、本当に気の合う友達がいれば一緒に食事をしますが、そうでなければ、一人で昼食をとることを選ぶ人も少なくありません。
周囲から見ると、
「一人で寂しそう。」
「輪に入れないのかな。」
と思われることもあります。
しかし、S族本人はそのようには感じていません。
誰にも気を遣うことなく、自分の時間をゆっくり過ごすことができるため、一人で昼食をとることは、むしろ心地よい休憩時間なのです。
ここまでお伝えしてきたようなS族としての特徴を知らず、
「どうして私は、一人でいる方が楽なのだろう。」
「みんなと一緒にいるより、一人の方が落ち着く。」
「私は人付き合いが苦手なのだろうか。」
「協調性がないのだろうか。」
「私って、おかしいのかな。」
そのように悩んできたS族の方も少なくありません。
『髙森式 思考・行動SM理論』では、医学的知見と約1万人へのカウンセリング・施術・性教育セミナーから得られた統計を基に、M族は全体の約90%を占めるとしています。
周囲の多くがM族であるため、少数派のS族は、自分の考え方や感じ方を「普通ではないのかもしれない」と思い込みやすいのです。
しかし、『髙森式 思考・行動SM理論』では、それは人付き合いが苦手だからでも、協調性がないからでもありません。
一人でいることに不安を感じず、一人の時間を心地よいと感じる、S族としての自然な特徴なのです。
このように、一人で過ごすことが平気な人と、誰かと一緒に過ごすことを好む人の違いも、S族とM族、それぞれの判断基準の違いから自然に生まれているのです。
⑤ なぜSNSの使い方が違うのか
InstagramやFacebookなどのSNSを見ていると、不思議に思うことはありませんか。
毎日のように投稿する人もいれば、何年も更新しない人もいます。
高級レストランで食事をした写真や、海外旅行の写真、おしゃれをした自分の写真を次々と投稿する人もいれば、旅行へ行っても何も投稿しない人もいます。
同じようにスマートフォンを持ち、同じようにSNSを利用できる環境にいるにもかかわらず、なぜここまで使い方が違うのでしょうか。
実は、この違いも『髙森式 思考・行動SM理論』では、とても分かりやすく説明することができます。
M族は、人とのつながりを大切にするだけではなく、自分が周りからどのように見られているかも大切にします。
そのためSNSは、日常を記録する場所ではなく、自分自身を表現する場所になります。

例えば、高級レストランや料亭で食事をした時、予約が取りにくい人気店へ行った時、海外旅行や高級ホテルへ宿泊した時、あるいはパーティーでおしゃれをした時など、その場の写真だけではなく、自分自身も一緒に写した写真を投稿する人が多く見られます。
「私、今ここに来ています。」
「こんな素敵なお店で食事をしています。」
「こんな華やかな場所にいます。」
その投稿の主役は、料理でも旅行先でもありません。
『そこにいる自分』なのです。
その背景には、「私を見てほしい」「私を認めてほしい」という承認欲求や、「私ってすごいでしょう」という自己アピールの気持ちがあります。
さらに女性同士では、「羨ましいでしょう」「私の方が素敵でしょう」「あなたとは違うの」という無意識のマウンティングへと発展していくことも少なくありません。
もちろん、本人にはその自覚がない場合もあります。
しかし、そのような投稿を見た側には、「私も負けたくない」「私ももっと素敵な写真を投稿しよう」という気持ちが生まれ、SNS上での競い合いへと発展していくのです。
一方、S族はSNSに対する考え方が大きく異なります。
S族は、自分を見せたいとはあまり思いません。
旅行へ行っても、高級レストランで食事をしても、その時間は自分自身が楽しむための時間です。
写真を何枚も撮ったり、投稿する文章を考えたり、「いいね」の数を気にしたりする時間があるなら、その景色を見たり、その料理を味わったり、その時間そのものを楽しみたいと考えます。
そのため、プライベートをSNSへ投稿することはあまりありません。
では、S族は何を投稿するのでしょうか。
S族が投稿するのは、自分ではありません。
偶然見つけた面白いもの。
思わず笑ってしまうような出来事。
珍しい写真。
「これ、面白くない?」
「こんなの見つけたよ。」
そんな、自分が誰かに伝えたいと思ったものです。
つまり、M族は『私を見てください。』を投稿し、S族は『これ、面白くない?』を投稿するのです。
この違いは、写真を見ればよく分かります。
M族の投稿では、自分自身が写真の中心になります。
一方、S族の投稿は、変わった商品や珍しい写真などが多く、自分が写っている写真はあまり見られません。
主役が違うのです。
M族は自分を投稿し、S族は自分が面白いと思ったものを投稿する。
だからこそ、SNSの使い方も自然と大きく変わっていきます。
「どうして、あの人は毎日のように自分の写真を投稿するのだろう。」
「どうして、旅行へ行っても何も投稿しない人がいるのだろう。」
その違いもまた、その人の性格ではありません。
このように、SNSの使い方の違いも、S族とM族、それぞれの判断基準の違いから自然に生まれているのです。
⑥ なぜ言葉の使い方が違うのか
同じ日本語を話しているのに、「どうしてそんな言い方をするのだろう」と感じたことはありませんか。
思ったことをそのまま話す人もいれば、言葉を慎重に選んで話す人もいます。
また、何気ない会話ばかりを楽しむ人もいれば、本音で話したいと思う人もいます。
なぜ、このような違いが生まれるのでしょうか。
実は、この違いも『髙森式 思考・行動SM理論』では、とても分かりやすく説明することができます。

M族は、人とのつながりを大切にする一方で、本心をあまり表に出しません。
女性同士では、仲間であると同時に、お互いを比べる相手でもあるため、自分の本音を話すことで不利になったり、マウンティングされたりすることを無意識に避けようとします。
そのため、飲み会や食事会でも、当たり障りのない話題や表面的な会話が中心になります。
また、「全部言わなくても分かってほしい。」「私の気持ちを察してほしい。」という気持ちも強く、相手にも空気を読んだコミュニケーションを求める傾向があります。
一方で、自分の感情が大きく動いた時には、その怒りや不満を言葉に乗せて表現します。
そのため、「死ね」「うざい」などの強い言葉も比較的軽く使うことがあります。
もちろん、本当に相手を死へ追いやろうと思って言っているわけではありません。
M族にとって「死ね」「うざい」は、「私、あなたが嫌い」「今、腹が立っている」という気持ちを表現する言葉と同じくらいの意味合いで使われていたりします。
言葉そのものが持つ重い意味よりも、その時の感情を表現することを優先しているのです。
そのため、M族にとって言葉は、自分の感情や気持ちを表現するための「物」という感覚があり、その時の怒りや不快感を、そのまま言葉にしてしまうのです。
また、新しい言葉や略語、俗語、流行語を生み出すことが得意なのもM族の特徴です。
「あけおめ」「ことよろ」のような略語をはじめ、「婚活」「妊活」といった新しい言葉も、その時代に合わせて柔軟に取り入れていきます。
またM族は、言葉が持つ印象を変えることも得意です。重く受け止められる言葉を、より柔らかく、親しみやすい表現へと言い換えることがあります。
例えば、売春や買春を「援助交際」や「パパ活」と呼んだり、詐欺や犯罪行為を「闇バイト」と呼んだりするなど、言葉の印象をやわらげた新しい呼び方を生み出し、広めることもあります。
一方、S族は、自分が思っていることを率直に伝えます。
嬉しい時は嬉しい。悲しい時は悲しい。腹が立った時も、何に腹が立ったのか、自分の気持ちを素直に伝えます。
しかし、S族の心には、言葉を口にする前に必ず一つの基準があります
「この言葉を言ったら相手を傷つけてしまうから、言わないでおこう。」
「もし私が同じことを言われたら嫌だから、私は言わないでおこう。」
この基準があるため、率直に話していても、相手を傷つける言葉や、見下すような言葉はほとんど使いません。
「死ね」「うざい」といった言葉も、その一言が相手の心を深く傷つけ、ときには人生を大きく左右してしまうほど重い言葉であると考えているため、めったに使うことはありません。
また、S族は言葉本来が持つ意味や歴史、文化を大切にします。
そのため、略語や流行語よりも、本来の言葉を正しく使いたいと考える人が多く見られます。
「あけましておめでとうございます。」「今年もよろしくお願いいたします。」という言葉には、その言葉だからこそ伝わる気持ちや文化があると考えるのです。
そのためS族の中には、「援助交際」や「パパ活」、「闇バイト」のように、重い意味を持つ言葉が柔らかい表現へと言い換えられていくことに違和感を覚え、「言葉が持つ本来の重みや抑止力が薄れてしまう」と感じる人もいます。
M族は、言葉をコミュニケーションや感情を表現するための道具として捉え、本音は相手との関係性やその場の空気を考えながら使い分けます。
一方、S族は、言葉そのものが持つ意味や重みを大切にし、自分の本心を正しく伝えるためのものとして捉えます。
つまり、M族は「人」を中心に言葉を使い、S族は「言葉」を中心に人と向き合います。
だからこそ、同じ日本語を話していても、言葉の選び方や話し方、本音との向き合い方まで、大きく違ってくるのです。
このように、言葉の使い方の違いも、S族とM族、それぞれの判断基準の違いから自然に生まれているのです。
⑦ なぜ人に勧められる人と勧められない人がいるのか
同じ商品を気に入って使っていても、積極的に人へ勧める人もいれば、ほとんど勧めない人もいます。
「これ、本当に良かったから使ってみて。」
そう自然に話せる人もいれば、
「聞かれたら答えるけれど、自分からは勧められない。」
という人もいます。
この違いも、性格の違いではありません。
実は、この違いも『髙森式 思考・行動SM理論』では、とても分かりやすく説明することができます。

M族は、人とのつながりや仲間との共有を大切にしています。
そのため、自分が良いと思ったものは、仲間にもきっと喜んでもらえると自然に考えます。
「これは本当に良かったから使ってみて。」
「一緒に使えたら嬉しい。」
このように、良いものを人へ紹介することは、仲間と喜びを共有する自然な行動なのです。
化粧品や健康食品、お店やレストラン、便利な日用品など、自分が良いと感じたものは、相手にも自信を持って紹介することができます。
そして、その口コミは次々と広がり、多くの人が同じ商品やサービスを利用するようになります。
『髙森式 思考・行動SM理論』では、医学的知見と約1万人へのカウンセリング・施術・性教育セミナーから得られた統計を基に、M族は全体の約90%を占めるとしています。
そのため、一人のM族が商品やサービスを紹介すると、その口コミは自然と多くのM族へ伝わり、さらにその先のM族へと連鎖することで、大きな広がりを生み出していくのです。
また、M族は仲間意識が強いため、
「みんなが使っているなら、私も使ってみよう。」
「話題についていきたい。」
「同じものを使うことで、みんなと共感できる。」
という気持ちも自然に生まれます。
このように、M族からM族へ口コミが連鎖することで、商品やサービスは短期間で大きく広がっていくのです。
人気の商品や話題のお店、予約が取れないレストランなどが生まれる背景にも、このM族同士の口コミの力が大きく関わっています。
また、人との信頼関係を通して商品やサービスを紹介するネットワークビジネス(MLM)や、紹介営業、口コミ営業の世界でも、この特徴はよく表れます。
市場を大きく動かしている原動力は、このM族同士の口コミとコミュニティの連鎖です。
だからこそ、人へ商品やサービスを紹介する営業職や販売職、ネットワークビジネス(MLM)のトップセールスには、M族が多いのです。

一方、S族は「自分は自分、人は人」という価値観を大切にしています。
どれほど自分が気に入っている商品であっても、「相手も同じように価値を感じるとは限らない。」と考えます。
そのため、自分から積極的に勧めることには強い抵抗があります。
「営業されてると思われたら嫌だろうな。」
「断りづらいと思わせてしまわないだろうか。」
「私は気に入っているけれど、この人も同じように価値を感じるとは限らない。」
このように、自分の価値観を相手へ押し付けたくないという気持ちが自然に働くのです。
そのため、どれほど愛用している商品であっても、自分から積極的に勧めることはほとんどありません。
しかし、相手から、
「肌がきれいだけど、何を使っているの?」
「そのバッグ素敵だね。どこで買ったの?」
「そのお店、美味しかった?」
このように興味を持って聞かれれば、喜んで答えます。
それでも、それ以上強く勧めたり、購入を勧め続けたりすることはほとんどありません。
では、なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。
その答えは、S族とM族では、相手にとって何が良いことなのかという判断基準そのものが違うからです。
M族は、
「私が良いと思ったものだから、きっとあなたにも役立つ。」
という価値基準で人と接しています。
そのため、商品やサービスを紹介することは、相手のためになる親切な行動になります。
一方、S族は、
「私は好きだけれど、あなたも同じとは限らない。」
という価値基準で人と接しています。
そのため、商品やサービスを紹介すること自体が、相手への負担になるかもしれないと考えます。
ここで大切なのは、どちらも相手のことを思っているということです。
M族は、
「良いものを共有したい。」
「一緒に使って喜んでほしい。」
「仲間にも役立ててほしい。」
という思いやりがあります。
一方、S族は、
「相手の価値観を尊重したい。」
「負担をかけたくない。」
「自分の価値観を押し付けたくない。」
という思いやりがあります。
つまり、違うのは思いやりの有無ではありません。
何を相手にとって良いことだと判断するのか、その判断基準が違うのです。
このように、人に勧めることへの考え方の違いも、S族とM族、それぞれの判断基準の違いから自然に生まれているのです。
⑧ なぜマウンティングが生まれるのか
女性同士の人間関係の中で、
「どうして、あんな言い方をするのだろう。」
「褒められたはずなのに、なぜかモヤモヤする。」
「どうして、急に仲間外れになってしまったのだろう。」
そのような経験をしたことはありませんか。
女性同士の人間関係には、「マウンティング」と呼ばれる独特のコミュニケーションがあります。
マウンティングは性格の悪さから生まれるものではありません。
M族が大切にしている「仲間」「共有」「安心感」、そして集団の中での「自分の立ち位置」という判断基準から、ごく自然に生まれる現象なのです。

これまで見てきたように、M族は人とのつながりを大切にします。
仲間と同じ価値観を共有し、一緒に喜び、一緒に行動し、一緒に安心することに大きな価値を感じています。
そのため、日常の会話では、まず相手との距離を縮めることを優先しま。
「分かる〜。」
「だよね〜。」
「信じられない。私まで泣きそう。」
このような共感の言葉が自然と交わされます。
この共感そのものが悪いわけではありません。
むしろ、仲間との安心感や一体感を生み出すためには、とても大切なコミュニケーションです。
しかし、その一方で、M族は集団の中での自分の立ち位置も大切にしています。
そのため、会話は次第に表面的で計算されたものになることがあります。
相手を褒めるのも、「本当に相手が優れていると思ったから」とは限りません。
相手から敵視されないため。
相手を安心させ、本音や情報を引き出すため。
そして、自分の立場を有利に保つため。
このような判断基準が、無意識のうちに働くこともあります。
また、本心を見せることで弱みを握られることを避けようとするため、会話そのものが社交辞令のような表面的なものになりやすいのも特徴です。
このような日常のコミュニケーションの中に、少しずつマウンティングが入り込んでいくのです。
実は、このような現象は『髙森式 思考・行動SM理論』だけで説明しているわけではありません。
心理学には「社会的比較」という考え方があり、人は無意識に自分と他者を比較し、自分が集団の中でどの位置にいるのかを確認する性質があることが知られています。
また、人間を含む群れで生活する動物には、自分の立場や順位を維持しようとする本能も備わっています。
さらに、人との結び付きを深める働きがあることで知られるオキシトシンも、仲間同士の結束を強める一方で、自分たちの集団以外には排他的な反応を示すことがあることが分かっています。
このような人間が本来持っている性質と、M族の「仲間を大切にする」という判断基準が重なることで、マウンティングという現象は自然に生まれるのです。

例えば、
「私なんて……最近太っちゃって。」
と話す女性がいます。
しかし、実際には誰が見てもスタイルが良く、一見すると自虐しているようでありながら、実は「私は細い」ということを遠回しに伝える、自虐を装った自慢になっていることがあります。
また、
「〇〇ちゃんって、本当は寂しがり屋さんだもんね。」
という言葉も、一見すると相手を理解しているように聞こえます。
しかし、その裏には、「私はあなたを分かっている」「あなたはそういう人」とレッテルを貼ることで、自分が優位な立場に立とうとする心理が隠れていることがあります。
さらに、
「本当はこう思ってるんでしょ?無理しなくていいんだよ。」
という言葉も、優しさのように聞こえますが、その裏には、「私はあなたの理解者だから、本音を全部見せて」という心理が含まれていることがあります。
また、
自分は高級ブランドのバッグを持ちながら、相手のバッグを見て、
「そのバッグ、可愛いね。どこのブランド?」
と声を掛けることもあります。
褒めているように聞こえますが、その裏には、「私はあなたを評価する側の人間ですよ。そして私の方が上ですよ」という無意識の上下関係が隠れていることもあります。
このような言葉は、一つひとつは何気ない会話です。
しかし、言われた側は理由の分からない息苦しさやモヤモヤを感じることがあります。
興味深いことに、M族の中では、このようなコミュニケーションが日常になっています。
そのため、自分がマウンティングをしているという意識もなく、逆に相手からマウンティングを受けていても、それを特別なこととは感じない人も少なくありません。
それほどまでに、このようなやり取りは日常の一部として自然に行われているのです。
さらに、集団の中では「共通の敵」をつくることで結束を強めようとすることもあります。
誰か一人を仲間外れにしたり、陰口を共有したりすることで、「私たちは同じ仲間」という安心感を確認しているのです。
また、自分の立ち位置を守るために、AさんにはBさんの話をし、BさんにはAさんの話をしながら、自分は両方と良い関係を保とうとする人もいます
こうして集団の中心に立ち、自分の影響力を保とうとするのです。
ママ友の集団では、子どもの成績や進学先、習い事、夫の職業や年収など、本来は本人とは別のことであっても、自分と相手のどちらが上の立場なのかを示す材料として使われることがあります。
そして、このような集団の中で強い影響力を持ち、トップのポジションに君臨し、周囲の人間関係や空気を動かす存在が、いわゆる「お局」と呼ばれる人たちです。
一方、S族は、人との順位や上下関係を意識する判断基準そのものをほとんど持っていません。
S族は、「自分は自分、人は人」という価値観を大切にしています。
自分のパーソナルスペースを大切にするからこそ、相手のパーソナルスペースにも土足で踏み込もうとはしません。
順位を競うことにも、誰かをコントロールすることにも価値を感じません。
そのため、マウンティングの会話そのものが理解できず、「どうしてそんな言い方をするのだろう」と戸惑うことがあります。
また、集団の暗黙のルールや上下関係に合わせようとしないため、お局のような存在からは、自分の思い通りにならない相手として警戒され、マウンティングや陰口、仲間外れの標的になることもあります。
しかし、S族本人にはその理由が分かりません。
「私は何もしていないのに。」
「どうして嫌われたのだろう。」
そう悩み続けてきた人も少なくないでしょう。
S族は、自分が思っていることを率直に伝えるため、言葉の裏に別の意図を隠したり、相手の言葉の裏を深読みしたりする習慣がほとんどありません。
そのため、女性同士の集団の中で行われる暗黙の順位付けや、マウンティングのサインにも気付きにくく、理由の分からない息苦しさや疲れを感じてしまうのです。
そもそも、S族は、「人より上に立つ」「人より下になりたくない」という判断基準そのものを持っていないのです。
だからこそ、マウンティングという発想そのものが生まれにくいのです。
このように、女性同士のマウンティングも、S族とM族、それぞれの判断基準の違いから自然に生まれているのです。
⑨ なぜ「常識」が違うのか
「普通はこうするでしょ。」
「常識で考えれば分かる。」
私たちは日常の中で、このような言葉をよく耳にします。
しかし、不思議なことがあります。
同じ日本で暮らし、同じ日本語を話しているにもかかわらず、「普通」や「常識」がまったく通じない相手がいるのです。
なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか。
実は、この違いも『髙森式 思考・行動SM理論』では、とても分かりやすく説明することができます。
それは、何を基準に「普通」や「常識」をつくっているのか、その判断基準が違うからです。

S族とM族では、「一般常識」の「一般」が指している範囲そのものが違います。
M族は、人とのつながりや調和を大切にするため、自分の周りにいる人たちの考え方や行動を基準に「普通」や「常識」をつくります。
家族や友人、職場の仲間、地域の人たちなど、自分が属している集団の中で、多くの人がそうしていることが「普通」になり、「常識」になります。
つまり、M族が言う「みんな」とは、自分の身近な人たちのことです。
そのため、判断の基準となる範囲は比較的狭くなります。
一方、S族は、自分の周りだけを基準にはしません。
自分自身で情報を集め、日本ではどうなのか、世界ではどうなのか、本当に一般的なのかという、より広い視点を基準に物事を判断します。
つまり、S族が考える「一般」とは、自分の周囲だけではなく、社会全体を指しています。
そのため、判断の基準となる範囲は非常に広くなります。
だから、同じ「一般常識」という言葉を使っていても、このような会話が生まれます。
M族は言います。
「これって一般常識だよね。だって、みんなそう言っているよ。」
すると、S族はこう答えます。
「えっ?それは一般常識じゃないよ。そんな話、聞いたことがないよ。」
お互いに「一般常識」という同じ言葉を使っているにもかかわらず、会話は噛み合いません。
それは、M族が言う「みんな」は、自分の友人や家族、職場など、自分が所属している集団を指しているのに対し、S族は、日本全体、あるいは世界まで視野を広げた上で「一般的ではない」と判断しているからです。
つまり、二人は同じ「一般常識」を語っているようで、実はまったく違う範囲を基準に話をしているのです。
M族は、自分たちの周りで共有されている「普通」や「常識」は、多くの人にも当てはまるものだと考えます。
そのため、自分たちの常識を相手にも求めたり、押し付けたりする傾向があります。
「普通はこうする。」
「みんなそうしている。」
という言葉が自然に出てくるのも、この判断基準によるものです。
一方、S族は、「普通」や「常識」は、育った環境や地域、会社、国、さらには時代によっても変わるものだと捉えています。
そのため、自分の常識が相手にも当てはまるとは考えないため、相手に求めたり、押し付けたりすることは少ないのです。
これまでご紹介してきた、女性誌、友達の数、大人数で集まること、一人で過ごすこと、SNS、言葉の使い方、人に勧めること、そしてマウンティングも、すべて同じ判断基準の違いから生まれています。
何を「普通」とし、何を「一般常識」とするのか。
その判断基準が違えば、考え方も、行動も、人との関わり方も変わっていきます。
このように、「常識」の違いも、S族とM族、それぞれの判断基準の違いから自然に生まれているのです。
だからこそ、「私が正しい」「相手が間違っている」と考える前に、まずは判断基準が違うことを知ることが大切なのです。
おわりに ― 『髙森式 思考・行動SM理論』は、まだ入口です
ここまで、女性の日常の中にある身近な出来事を通して、S族とM族、それぞれの判断基準の違いをご紹介してきました。
女性誌を読む人と読まない人、友達との距離感、一人で過ごす時間、SNSの使い方、言葉の選び方、マウンティング、そして「普通」や「常識」の違いまで、一見まったく関係のない出来事も、その根底には共通する判断基準があります。
『髙森式 思考・行動SM理論』は、「なぜ、あの人とは分かり合えないのか」という疑問を解き明かし、人それぞれの思考や行動の違いを理解するための、新しい視点を提供する理論です。

しかし、今回お伝えした内容は、そのほんの入口に過ぎません。
今回は、分かりやすくお伝えするために、S族とM族という二つの分類でご紹介しましたが、本来、『髙森式 思考・行動SM理論』では、S族をドS・S・SM、M族をMS・M・ドMの6タイプに分類しています。
この6タイプまで分類することで、恋愛や夫婦関係、子育て、学校、職場や組織での人間関係、承認欲求、クレーム対応など、私たちの日常にある数え切れないほどの「なぜ?」を、さらに深く読み解くことができるようになります。
さらに、この理論は女性だけではありません。
男性にも同じようにS族とM族が存在し、近年の社会環境の変化による男性の思考や行動の変化、男女が分かり合えない理由、モラルハラスメントやDV、さらには組織や社会の中で生まれるさまざまな人間関係についても、新たな視点から読み解くことができます。
私たちは日々、「どうして、あの人はそう考えるのだろう。」「どうして分かってもらえないのだろう。」という疑問を抱えながら生活しています。
その答えは、性格の良し悪しでも、育った環境の違いだけでもありません。
何を基準に物事を判断しているのか。
その違いを知ることで、これまで見えなかった人との関わり方が見えてきます。
今回ご紹介した内容は、その広い世界への、ほんの第一歩に過ぎません。
『髙森式 思考・行動SM理論』によって解き明かせる「なぜ?」は、まだ数え切れないほどあります。
これからも、その一つひとつを丁寧に紐解きながら、この理論の世界を少しずつお伝えしていきたいと思います。
人を変えることはできなくても、相手を理解することはできます。
もし、この理論によって、
「だから分かり合えなかったのか。」
「私だけじゃなかったんだ。」
そう感じていただけたなら、これほど嬉しいことはありません。
▼ シリーズの最初から読んでみて下さい
『なぜ、あの人とは分かり合えないのか。』
― 1万人の女性と向き合って辿り着いた『髙森式 思考・行動SM理論』(その1)
女性の性をサポートする『月の光』
女性の性と心の専門家/髙森由香
