幸運でラッキー、幸せな人ほど「何も起きない」~松下幸之助さんのエピソードからの学び
パナソニックの創業者で経営の神様と言われた松下幸之助さんは、会社の面接試験の最後に
「あなたは運がいいですか?」
と質問をし、「はい」「運がいいです」と答えた人を採用したそうです。
それはどうしてでしょうか?
ある意味、この答えで、「ポジティブ思考」「自己肯定感」「困難を乗り越える力」などを見極められます。
出来事や経験に対して、「プラスの解釈」ができているから、「運がいい」と思えます。
自分がここまで生きてこられて、普通に暮らせていること自体に感謝できると、自分を肯定する気持ちが爆上がりします。
また、どんなこんな状況でも、「自分は運がいい」と思えることで、立ち向かっていける勇気や行動力が持てます。
「自分は運がいい!」と思っている人のところに、幸運は舞い込みます。
運がいいと思っているということは、意識が「幸運」に向いていて、幸運を見つけるのが上手だ、ともいえるからです。
また、次のようなエピソードもあります。
松下幸之助さんは、若いころ、大阪の築港から埋立地にある会社まで小舟で通っていました。
とある夏の夕方。船べりに腰を下ろし、足をぶらぶらさせていた時、船員が幸之助さんをまたいで通ろうとし、足を滑られ、そのまま二人一緒に、海に落ちてしまったそうです。
そして、後世、周りの人に次のように語っています。
わしは運が強かった。
もし、冬の寒い時だったら、たぶん助からなかった。
夏の日に落ちて幸運だった。
わしは運が強かった。
さらに船長がすぐに気づいて引き返してくれ、引き揚げてくれたので助かった。
わしは運が強い!!
たしかに、九死に一生を得た出来事で、「運が強い」というのもわかりますが、でも、本当に運がいい人なら、たぶん、海自体に落ちないと思います(笑)。海に落ちるなんて、大変珍しいことで、ほとんどの人は、そんな経験をしないで一生を終えると思います。
そういう意味からも、
海に落ちること自体は「幸運ではない」「不幸だ」「ツイてない」
と言えなくもないのですが。松下幸之助さんは
「わしは運が強い」「ラッキーだった」
と言い換えられる人でした。
そして、自分自分で「運がいい」「ラッキー」「ツイている」と言い続けている人の周りには、運が付いて回るのではないかと考えていたようです。
さらに、松下幸之助さんは、人生で成功する条件として
・体が弱いこと
・学歴がないこと
・お金がないこと
と、ご自身の人生を振り返って、挙げていたそうです。
でも、普通に考えたら、これらは不幸というか、成功するにはマイナス要素と言われることだろうと思います。
健康で、学歴があって、資金などのお金も豊富であればこそ、事業や仕事も成功するだろうなと思えますが、松下さんの真意は、
・体が弱いからこそ、人一倍、健康に気をつかって生きる(だから、長生きにもつながる)
・学歴がないからこそ、周りの人に学ぼうという姿勢が常に生まれる。そのおかげで、人の話をよく聞き、その意見を尊重できる。
・お金がないからこそ、少ないお金の有効活用を検討するし、他人の資金の活用する工夫も生まれる。それが、ビジネスを広げる元になる。
だったようです。
実際、松下さんは病気がちではあっても、90歳を超えるまで生きました。
また、小学校4年生で中退していますが、晩年、「繁栄を通して平和と幸福という願い小込めて」という意味である英語の頭文字をとって「PHP研究所(出版社)」を創設しています。年齢を重ねれば重ねるほど、その学ぶ意欲は衰えるどころか、いよいよ増すばかりだったそうです。
さらに、
好況よし、不況さらによし
と言いました。
景気が悪く商品が売れない時は、好況時には手が回らなかったアフターサービスの徹底や社員教育の充実などに力が入れられる。世の中が不景気で停滞している時に、そうした別の努力(次のチャンスをつかむ準備)をしていれば、「不景気こそ千載一遇のチャンス」にもなる。
というのが、その真意だったそうです。
まさに「ピンチはチャンス」で、普通に考えたら不運、失敗であることが、「成功の要因」そのものに変えることができます。それは、自分の「積極的な見方」にかかっているともいえます。
私は松下さんのエピソードを知って、「幸福(幸せ)」についても同じことが言えるなと思いました。
あなたは幸せですか?
と聞かれて、すぐに「幸せです」「はい」と答えられる人は、さらに幸福が舞い込んでくると思います。
理由は、松下さんの「運がいい?」と同じです。
自分の意識が、幸せに向かっているので、幸せな出来事が見えてくるからです。
逆に、「幸せではないな」と思える時は。
何か足りない
できていない
達成していない
・・・
など、「ない」ことに意識が向かっていて、欠乏感、不足感を感じ、まだまだ、「幸せではない」という気持ちが大きくなっていきます。
松下さんは感謝を忘れない人だったそうです。
こんな話が伝えられています。
ある人(部下の一人)が言いました。
「幸福と言うことが分からなくなりました。人にとっての幸福とは、どういうことなのでしょうか」
松下幸之助さんは問い返します。
「君は、今晩、寝床はあるか」
怪訝な顔をしながら部下の人は答えます。
「はいあります」
同様に、
「君は、ご飯をちゃんと食べているか」
「はい、食べています
その後、きっぱりと言われたそうです。
「それで十分幸せではないか。多くのものを与えられていることに対して、当たり前と思うから、そんなくだらない悩みを持つようになるのだ。」
「足るを知る」「今ある幸せに気づく」と言う言葉があります。
今ある生活を当たり前と思っていると感謝できなくなります。
また、いろいろと手に入れて、物が豊かになっても、ようやく手にしたものを大切にすることなく、すぐに飽きて「次はもっと別のものを」「最新のものを」などと、すぐに次の事へ意識が行ってしまっても、常に不足感、欠乏感に飲みこまれているので、感謝する気持ちや幸せな気持ちを感じられません。
さらに言うと、
本当に運がいい人、幸せな人には平穏な日々は続きます。
普通に食べられる。
美味しくビールを飲める。
すっきり排泄できる
歩ける、笑える、家族とおしゃべりできる・・・。
これらが、最高の「運」の極み、幸福なのかもしれません。
ただ、悲しいかな、人は、そんな「平凡」「平穏」な毎日が「当たり前」と思っているから、「ラッキー」「幸せな日々」と思えないだけかもしれません。
実際、爆弾に怯えて暮らす人もいれば、住む家を失った人もいます。
失業して、今後の生活に悩む人もいれば、もうこの仕事を辞めようかと思い詰める人もいます。
便秘やばね指、リウマチ・・・で苦しい思いをしている人もいます。
だから、そんな思い煩うこと、体の不調がない「平穏な暮らしが出来る」こと自体が、ラッキーであり、幸せな事ともいえます。
あなたは運がいいですか?
あなたは幸せですか?
普段から、自分に問いかけて、自分はどこに目が向いているか、今の自分の「心の状態」を知る手がかりにしたいなと思いました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます
皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです
