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喜多川歌麿の『画本虫撰』は、うちの庭と江戸の庭をつなぐタイムトンネル

江戸の浮世絵師・喜多川歌麿といえば、どんなイメージがありますか?

え?
家中おそうじこれ1本?

「ウタマロクリーナー」!
たしかに、うちでも使ってますけれども!(笑)

一般的には、歌麿といえば「美人画」のイメージが強いですよね。

ボッピンを吹く娘(ビードロを吹く女)

ところが、彼のキャリアを振り返ると、実はその前に、
ちょっと変わった作品で表舞台に登場しているんです。

それが 『画本虫撰(えほんむしえらみ)』(1788年) です。




『画本虫撰』ってこんな本

『画本虫撰』は、歌麿と狂歌師たちとの合作で作られた絵本です。

絵本といっても、もちろん、読み聞かせ用のかわいいイラストではなく、
写実的な絵画。
ほとんど博物画といってもいい精密さです。

本の中には虫の絵と、それにちなんだ狂歌が並びます。

  • 虫の形態はかなり細かく観察されており、博物的・図鑑的である。

  • 狂歌の添え書きによって、虫を戯画化する知識人の遊びとして楽しめる作品になっている。

つまり、「狂歌入りの虫の絵本」であり、
写実的な観察と擬人化が同居した作品です。

現代風に言い換えるなら、
「昆虫図鑑」と「風刺マンガ」と「サラリーマン川柳」が合体したハイブリッド本

そんな、江戸文化の「クロスオーバー企画」なのです。

ちなみに、この『画本虫撰』、最初に登場する2首の1つが、
「毛虫」を題材とする、四方赤良の狂歌。

四方赤良こと大田南畝は狂歌の第一人者で、
大河ドラマ「べらぼう」では桐谷健太さんが演じています。
ドラマの中では、この狂歌が生み出される瞬間が描かれました。

そしてもう一つが、「蜂」を題材とする尻焼猿人の狂歌です。

この「尻焼猿人」は、のちに琳派絵師として大成し、後世の教科書にも載るほどの大物、酒井抱一
それにしても、「しりやけのさるんど」って……。自由すぎる!

まとめ。
『画本虫撰』は歌麿の絵だけじゃなくて、参加者も豪華。
当時の名だたる文化人たちが結集してできた一大傑作なんですね。


なぜこんな本が登場したのか?

それにしても、なぜ「虫」の絵本なのでしょう。

のちの美人画はもちろん、歌麿がこの本以前に描いていた絵とも趣向が異なります。
「なぜ」こんな本ができあがったのか――

諸説あります。

  1. 狂歌ブームに乗った説
    江戸後期、町人や知識人の間で狂歌サークルが大流行。『画本虫撰』もそのネットワークから生まれた。

  2. 博物趣味の流行説
    同時代には本草学や博物学が流行しており、昆虫を観察対象にするのは時代のトレンドだった。

  3. 歌麿自身の挑戦説
    美人画へ進む前に、観察眼や線描の腕を「虫」で試したかった。

まぁ、「1」なんでしょうが、他のもありえそうで、いろいろ想像が膨らみますね。


「べらぼう説」がべらぼうに面白い

NHK大河ドラマ「べらぼう」は、本当に面白いです。

歌麿についても、表舞台に出てくるまでの半生については、よくわからない部分もあるのですが、そこをドラマとしてうまく描いています。

さらに、ドラマの中に出てきたさまざまなエピソードが、その後の展開に関わってくるうまさといったら……

なるほど、そうつながるのかー!
うーむ、なるほどーーー!!
と、毎回、うなりながら見ている私です。

さて、今回の「画本虫撰」に関する展開は、たぶん、「べらぼう」での新解釈だと思います。
ほぼ「新説」と言ってもよいのではないでしょうか?

ここでドラマの内容を一生懸命説明しても、ドラマを見てない人はさっぱりわからない――

そんなことになりがちなので、
ここでは、かなり端折った「超あらすじ」で説明します。

「べらぼう」での歌麿の描かれ方はこんな感じでした。

1.幼少期(子役:渡邉斗翔)
・妖怪画の巨匠、鳥山石燕から絵を習う
 ……片岡鶴太郎演じる石燕からは「三つ目」と呼ばれていました。
  石燕だけに、妖怪的な何かが見えていたのかと思いきや、
  別の意味があったことが後から明かされます。
・両親にトラウマを植え付けられる
・絵を真似るのが特技であることが判明。「人まね歌麿」と呼ばれる

2.青年期(染谷将太さん)
・幼少期のトラウマにより、絵が描けなくなってしまう
・歌麿の状態を知った鳥山石燕は、
 「その目にしか見えぬものを現すのが絵師の務めじゃ」と諭す。
 (常人には見えないものを見る目が「三つ目」らしいです)
・自分を取り戻すため、石燕にもう一度弟子入り。
 「人まねではない絵」を目指すため、虫や花の写生を始める

 ……ここで、ドラマの中で写生していた花(牡丹)の品種が
  「歌麿」だった、という粋なおまけつき!

牡丹の花が「歌麿」という品種にそっくりと話題に!

・狂歌師・大田南畝が、寛政の改革を風刺した狂歌
 
「ぶんぶというて夜も寝られず」……のアレ)
 
の件で幕府にお咎めを受ける

・虫(蚊)の狂歌でやられたから、虫の狂歌で仕返しをする!
 ↑ 今ここ!

超かけあしで見てきましたが、
今、ドラマでは、ついに「画本虫撰」が本屋の店頭に並んだところ。

そして、この本の序文を書いているのが……

上巻が、この本の狂歌の選者である宿屋飯盛(石川雅望)。
演じるのは又吉直樹さん。

下巻が、師匠筋にあたる鳥山石燕。
演じるのは片岡鶴太郎さん。

下巻の序文はこんな感じです。

心中に(対象物の)生命を取り込んでから、手に持つ筆によってフォルムを形成するのは画技の骨法であって、いま、門人歌麿が成し得たのは、まさにそれぞれの虫の中に備わる生命そのものを写すことであり、これこそ「心画」と呼ぶべき境地である。

鳥山石燕の序文(現代語訳はNHKの「べらぼう」公式ページより)

実際の石燕と歌麿にも、ドラマで描かれたようなエピソードがあったのかな、と想像すると楽しいですね。


最後に

「べらぼう」の中で、歌麿がこう言っていました。

「絵っていうのは命を写し取るようなことがあるんだなって。
 いつかは消えてく命を紙の上に残す……」

いつかは消えていく命が、歌麿の描いた絵の中に残っている。
そして、そこに描かれている花と虫の風景は、現代と同じ。

私も家庭菜園をしていて、日々、花や虫と暮らしているので、
しみじみすると同時に、江戸とのつながりを感じて嬉しくなります。

時代は変わっても、変わらないものがある――

生活や文化は少しずつ変わっても、
自然は変わらないんですね。

絵を見ていると、なんだか、
江戸の空気が、そっと現代に流れ込んできたような感覚になりました。


<おまけ:江戸とつながる絵本たち>

歌麿と狂歌師たちが作り上げた絵本は「三部作」になっています。

虫が苦手な方は、貝や鳥の本もありますので、
どれか一つでもご覧になってはいかがでしょうか。


①画本虫えらみ

②潮干のつと
「潮干のつと」とは「潮干狩りのみやげもの」=貝。

③絵本百千鳥


そして、こちらの本は、3冊の画集を合本し、
詳細な解説をつけた豪華版。

少々値は張りますが、お値段分の価値ある1冊です。

歌麿『画本虫撰』『百千鳥狂歌合』『潮干のつと』 (講談社選書メチエ)


あなたも、「画本虫撰」など、江戸の絵本を開いて、
江戸に通じる小さなタイムトンネルをのぞいてみませんか。


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