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ダラダラ介護【2025日記】8月④

まだ実家におります。おうちに帰りたい。
実家が嫌だと言うのではなく、ただおうちに帰りたい。休みたい。
疲れているんでしょうか。なんかすごく閉塞感を感じています。


8月21日

口内炎はまだ治らないが、昨日の血圧爆上がりはおさまったようだ。

多少元気になったので老人のお使いで役所に出向く。暑かったり待たされたり書類の書き方にケチをつけられたりしたが、何とかタスクをこなして戻った。それにしてもいろいろな申請やら交付やらあるものだ。役所は人でいっぱいだった。

今日はサンマを食べようと塩を振って焼いていたら、特に焦げたわけでもないのにやたら煙が出る。もちろん換気扇はフル回転している。
そのうちブーーブーーと何かが鳴りだした。

あっ、ガス警報器!

あわてて椅子にのり、天井近くに据え付けてあるガス警報器の「警報」を解除した。ところが警報器の奴め、一度消えた後、すぐにもっとすごい音で鳴りだした。

ぶーーーーーーーーーーーーーー

解除ボタンが効かない。動転していたら老人のスマホがすごい勢いで鳴った。表示を見る。

「SECOM」

知らなかった。セコムはガス警報器が鳴っても連絡してくるんだ。
「すみません。サンマを焼いてました。火は出てないです!」
電話に出て、めっちゃ動揺しながらセコムの人に謝ると
「何もないならいいですよー換気しっかりしてくださいねー」と、警報は止んだ。はあ、そういう仕組みになっているのね。どうもすいません。

サンマはうまかったから良しとしよう。セコムありがとう。ご迷惑をおかけしました。

8月22日

またしても通院日。そして気温は相変わらずインフルエンザのような高さだ。老人の体調は順調で元気である。ありがたい。

友人が本を貸してくれた。

96歳の父親を自宅で看取った家族の物語。父親はかつては真摯に働き地位も高かったが今は認知症を患って年老いている。夢と記憶の中をさまようような父親の独白と、介護に奔走する老いた母親、娘二人、息子、介護職員などの視点で代わる代わる語られる介護の実際と家族の過去など。一茶の俳句が要所要所をスパイスのように引き締めている。

いろいろな気持ちが揺れ動く。
物語は倒れそうな母親と同居長女、自分の家庭はあるが介護の助っ人に来る次女を中心に進む。認知症と高齢とで多くのことができない父親がいて、それにいらだつ母親や長女は長期の介護で疲れ果てている。それでもこの家族は協力し合い、父を施設にも病院にも入れず自宅で看取るのである。

そうなんだ、介護って普通はこういう風なんだ。ああ、うちは介護とは言えないほどものすごく楽なんだなあ、というのが正直な感想だった。

だって認知症じゃないから普通にコミュニケーションできるもの。それにうちの老人は何でも「ありがとう」と口に出して感謝する。娘にも。
気分が陽性で、あの年齢なのに社交的だ。ケアマネさんやヘルパーさん、医療・福祉スタッフとも仲良くしている。そういう性格もあって親戚もあれこれ手伝ってくれる。なんて恵まれているんだ。

それでもね、
それでも疲れるんだ。
移動が特に。月一回以上の飛行機移動と10日以上の滞在。そして自宅とあまりにも違う気候も。

なんとかならんものかねえ。
ならないな。
ならないよ。
とにかく自分に疲労が溜まって血管が切れたりガンができたりして病院送りになるのがとても怖い。サボりながらがんばろう。

8月23日

用事ができたので頼まれてお使いに行く。

用務先は街の真ん中だ。ささっと済ませ、この街にあるお気に入りカフェで1時間すごす。連日、尋常でない暑さなので高級日傘(7月に買った)で防備し、かつ、なるべく冷房のきいたビルの中を通って目的地に着くよう考えて歩いた。都会だと地下道があったり隣のビルと繋がっていたりして、あまり外気に触れずに移動することができる(こともある)。

久々の外食

気持ちがリラックスしてまったりできると思いきや、トイレに行こうと立ち上がったら目まいがした。左右にフラ〜フラ〜と二度揺れてなんとか踏みとどまる。まずい。車で来ているし、こんなところで倒れたら面倒だ。
平気な顔を装いながら必死でもと来た道を戻り、駐車場に駆け込んで車に乗った。深呼吸を3度。大丈夫だ、実家までたどりつける、と自分に言い聞かせる。

運転中は緊張していたのかあまり不調を感じなかったが、実家にたどり着いたらやっぱりおかしい。用件は済ませたこと、目まいがすること、首と肩がガヂガヂに凝っているので少し休むと老人に告げると、

「車の運転がいけないんじゃないか?」

と言われた。そうかもしれない。だけど運転手(と家政婦)のために来ているんだけどな。

「そうかも」
「出かけたのが良くなかったのでは?」
「だけど時々出かけないと煮詰まっちゃうんだもん」
「それはそうだな」

みたいな会話を交わしたが、そういう老人は足腰が弱ったこともあり病院以外もう家から出ていない。コロナもまた流行りだしたし。

年を取ると外出もままならない。外出どころか、この先、食事も排泄もひとりでできなくなる日が来る。「来るかもしれない」じゃなくて実際に来るのだ、多分すぐに。生きていれば。

だいたい今の自分だって、一見どこへでも行けそうだけれどそうではない。ちょっとがんばるとすぐに体調がおかしくなり、血圧が上がったり目まいや吐き気がしたりどこか痛かったりパニック的な症状が出たりで、やりたいこと、行きたいところに行けないことも多い。年を取るとはそういうことだ。老老介護なんだ。

起きて動くと気分が悪いので、しばらく冷房をきかせて寝ていた。良くないなとは思いながらスマホであれこれ飛び回って記事を読む。noteの中にも介護中の人や自分自身が病や事故で不自由になった人がたくさんいて、そういう人たちの記事を読んだ。

どの人も自分より大変だ。
ああ。こんな程度で音を上げていてはアカンのだなあ。
どの人も本当に必死に生きていて励まされたし、自分ももう少しがんばろうと思った。これまでお付き合いのない方たちなので躊躇してしまってスキはつけられなかった。付けた方が良かったかな。

8月24日

暑すぎて家の中でダラダラ過ごす。

この数日、できるだけダラダラと寝て過ごしていたら多少は体調が上向いてきたみたい。それともこれは、明日いったん自宅に帰るから神経が落ち着いたのかな。

文学フリマ札幌が今日だったのだが自分は札幌に居ない。残念だ。でもこの体調では居ても行けなかったかもしれない。体力をつけたい。

どうやったら体力ってつくんだろう。少し運動しようとするとすぐに関節や筋を傷めたり、疲れて病気になったりするんだけど。
ジムのトレーナーさんに相談してみようか。
そうだよな、プロに相談してみるのがいいよな。でも年寄りの弱った身体の鍛え方なんてわかるかな?

老人は相変わらず元気。
もちろん元気といっても若い世代の「元気」とは全然違う。倒れてない、入院してない、自分で立って歩けるというレベルの「元気」。
それでもありがたい。
いつまで続けられるだろう。いつまで話したり一緒にテレビを見たり出来るだろう。そしてわたしの身体はいつまで持つだろう。

8月25日

朝起きたらやはり血圧が高くあまり気分が良くない。どうしたらこれが改善するのか、誰か教えて欲しい。この程度の「不調」は医者に行っても、さしたる結果が出ないで「なんともありませんよ。疲れでしょう」などと言われるのだ。きっとカルテには不定愁訴って書いてある。

それでもせんたくをし、朝ごはんと昼ごはん(いいかげんなモノになった)を準備し、出勤してきたヘルパーさんに後を託して実家を出た。
帰るんだ。家に帰るんだ、自分の。

北海道に向かう空は雲が多かった。
しばらく飛んだところで、まるで雪原に忽然と白くそびえる岩の建物のような情景が現れ、思わずスマホを出して写した。空の上はいろいろな表情を見せてくれる。見ていると小さいことはどうでもいいような気にもなってくる。

神話の一場面みたいで息を呑んだ

帰って洗面所で手を洗ったら水が冷たかった。
実家では水道からぬるいお湯みたいな水しか出なかったのだ。
休もう。
おさんどん以外大して何もしてないけど、でも疲れた。休もう。


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