【静かな中心に立つ年のはじまり】
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新しい年のはじまりに、
動き出す準備が整っていないと感じる人も、
そのままでいいのかもしれません。
今年は、
静かな中心に立つことから、
始まっていく年なのだと感じています。
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冒頭|静かな年のはじまり
新しい年が始まりました。
けれど、気持ちは不思議なくらい静かで、
何かを始めようとする衝動も、
今年はあまり湧いてきませんでした。
目標を立てたり、
これからの予定を組み立てたり、
そういうことをしなくても、
「ここに立っている」という感覚だけは、
はっきりと身体に残っています。
何かを足さなくても、
何かを動かさなくても、
すでに整っている場所に立っている。
そんな年の始まりです。
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第1節|年のはじまりに、静けさがあった
毎年、年が変わると、
どこか気持ちが前に引っ張られるような感覚がありました。
今年も同じように、
何かを決めた方がいいのかな、
動き出した方がいいのかな、
そんな思考が一瞬よぎります。
でも、すぐに身体が違う反応を返してきました。
今は、動かなくていい。
今は、決めなくていい。
その感覚は、
迷いというより、
静かで、安定していて、
どこか安心感を伴うものでした。
止まっているわけでも、
考えることを放棄しているわけでもなく、
ただ、余計な力が抜けている。
年のはじまりに訪れたのは、
そんな静けさでした。
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第2節|中心に立つ、という感覚
最近、意識が自然と「中心」に戻ってきているのを感じます。
何かをきっかけにそうなった、というより、
気がついたら、外側に意識が散らなくなっていました。
周りの流れを読もうとしたり、
誰かの期待に合わせて動こうとしたり、
そういう無意識の癖が、少しずつ静まってきたように思います。
以前は、
判断を急いだり、
選択をはっきりさせようとしたり、
説明できない状態に、どこか落ち着かなさを感じていました。
今は、そうではありません。
決めなくてもいい。
選ばなくてもいい。
言葉にしなくても、問題は起きない。
そう感じられる時間が、確実に増えています。
外側に合わせにいかなくなったことで、
内側にある感覚が、前よりもはっきりと聞こえるようになりました。
焦りや不安が消えた、というより、
それらに引っ張られなくなった、
という感覚に近いかもしれません。
この「中心に立っている」という感覚を、
少しだけ俯瞰して眺めてみると、
それは新しく手に入れた状態ではありませんでした。
第9密度の視点から、そっと眺めてみると、
一度広がりきった動きが役割を終え、
すでに配置が完了していた中心点に、
身体ごと戻ってきただけだったようです。
だから、頑張る感じがしない。
だから、動かそうとしなくても整っていく。
中心に立つ、というのは、
何かを成し遂げることではなく、
もう動かさなくていい場所に、
静かに立っている状態なのだと思います。
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第3節|2025年は、中心に戻る準備だった
2025年を振り返ってみると、
出来事そのものよりも、
「配置」が大きく変わった一年だったように感じます。
何が起きたか、
何を達成したか、
そういう視点で見ると、
少し曖昧で、つかみどころのない一年かもしれません。
けれど、
どこに意識を向けていたか、
何に力を使っていたか、
その配置を思い返してみると、
確かに、大きな移動がありました。
広げたこと。
集めたこと。
試してみたこと。
どれも、その瞬間には必要で、
意味のある動きだったと思います。
ただ、今の位置から見ると、
それらは何かを積み上げるためというより、
一度、外側まで行ききるための動きだったようにも感じられます。
外に向かって広がり、
可能性を確認し、
手応えのあるものと、
そうでないものを、
身体で確かめていく時間。
そのプロセスが終わった今、
自然と、手放されたものがありました。
無理にやめたわけでも、
諦めたわけでもなく、
役割を終えたものが、
静かに場を離れていった、という感覚です。
そして、残ったものがあります。
特別に目立つわけではないけれど、
今も、静かに動いているもの。
意識しなくても続いていること。
考えなくても、手が伸びること。
説明しようとしなくても、
身体が自然に知っていること。
それらは、
これから何かを足さなくても、
すでに中心とつながったまま、
息をしているように感じられます。
2025年は、
何かを完成させる年ではなく、
中心に戻るための準備期間だった。
今は、そう理解しています。
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第4節|2026年は、立ち続ける年
2026年は、
何かを始める年ではない、
という実感があります。
新しい目標を掲げたり、
次の段階に進もうと力を入れたり、
そういう動きが必要な感じが、今はしません。
むしろ、
今いる場所に、
そのまま立ち続けること。
それが、この年に求められている在り方のように感じます。
中心に立ち続けていると、
何かを起こそうとしなくても、
自然に動き出すものがある。
こちらが働きかけなくても、
必要なやり取りや、
ふとした出来事が、
ちょうどよい形で重なっていく。
そんな予感というより、
すでに起き始めている感覚があります。
動かない、というと、
止まっているように見えるかもしれません。
けれど、この「動かない」は、
迷っている状態でも、
様子見をしている状態でもありません。
位置が定まり、
余計な力を使わなくなったことで、
動かさなくてもよい、という確信がある。
その静けさの中で、
必要な変化だけが、
自然に表に現れてくる。
2026年は、
前に進む年というより、
立ち続けることで、
すでに動いている流れと、合流していく年。
今は、そう感じています。
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結び|静かなはじまりの中で
年のはじまりは、
いつも前向きで、
何かを決めて、
動き出さなければいけないもの。
そんなふうに思っていた時期もありました。
でも、今年は違います。
何も決めなくてもいい。
何かを始めなくてもいい。
ただ、今いる場所に、
そのまま立っていてもいい。
そう感じられる年のはじまりも、
きっと、あっていいのだと思います。
もし今、
気持ちが静かで、
動き出す感じがしないとしても、
それは遅れているわけでも、
立ち止まっているわけでもありません。
焦らなくていい年の始まりも、
確かに存在します。
静かなはじまりの中で、
それぞれが、それぞれの中心に、
そっと立っていられますように。
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