「農的暮らしが、人生を変えた。自然栽培20年で見えてきたこと」
子供の頃、周りは農家だった。
叔父も農家で、畑の近くで育った。
農業が身近にある環境だった。
でも自分が農業をやるとは、思っていなかった。
転機は、叔父の畑だった
トヨタを辞めた後、配達の仕事、ボールペンメーカー、滋賀での造園管理と食堂のキッチン。
いろんな仕事をしてきた。
その間に、叔父が高齢で農業ができなくなった。
子供たちは農家を継がなかった。
畑がそのまま放置されていた。
「自分がやろう」と思った。

滋賀で出会ったもの
滋賀にいた頃、自然農法を実践している人たちと出会った。
岡田茂吉氏の自然農法の思想に影響を受けた人たちだった。
農薬も化学肥料も使わない。
土を健康にして、そこで育った野菜を食べることで体が健康になる。
その考え方に、深く共鳴した。
障害を持つ方や重いアレルギーがある方が、自然農法の野菜を食べることで改善していく姿を目の当たりにした。
「食で人が変わる」ということを、この目で見た。
徳島で食べた野菜の衝撃
研修で徳島に行った。
そこで食べた野菜の味が、今も頭に残っている。
大根が、梨のように甘かった。
人参が、柿のように甘かった。
これが本来の野菜の味なのか。
これが自然栽培の力なのか。
「自分もこういう野菜を作りたい」という思いが、そこで固まった。
アトピーのビフォーアフターの写真も見た。
その変化があまりに劇的で、言葉を失った。
食べるものが変わると、人が変わる。
それを証明していた。
若葉農園での16年
研修の後、若葉農園で働く機会をいただいた。
最初は少人数だった農場が、少しずつ大きくなっていく過程を一緒に経験した。
研修生が増え、長く勤めていた自分が圃場長になった。
現場の段取り、研修生への指導、自家採種、加工品の大切さ。
農業を体系的に学べた16年だった。
「人を健康にしたい」という思いで入った農業が、
現場の責任者として人を育てることにまで広がっていた。

農的暮らしが変えたもの
農業を通じて変わったことがある。
食べるものへの意識。
土と季節への感覚。
「役に立つ」ということの意味。
会社員の頃は、誰かのために働いているという実感が薄かった。
農業は違う。
大根一本、人参一本に、食べる人の顔が浮かぶ。
その人の体の調子が、自分の作り方に直結している。
お日さま、水、土。
その力を借りて、食べた人に健康になってもらう。
それが、農的暮らしを続けてきた理由だ。
今、思うこと
自然栽培は今、中断している。
草刈りだけ続けながら、再開の日を準備している。
でも、農的暮らしを通じて得たものは何も失っていない。
大根が梨のように甘かったあの味。
食べて体が変わっていった人たちの姿。
土が団粒化していく過程。
それが、今の発信の根っこにある。
農的暮らしに興味があるあなたへ。
きっかけは、小さくていい。
叔父の畑でも、一本の大根でも。
あなたが「農」に惹かれているのは、どんな理由ですか?
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