「もし、自分の子どもだったら。命より大切なものなんてない」
熊本地震でお亡くなりになった方々に、心よりご冥福をお祈りします。
熊本地震に関する報道を見返すたびに、胸が締めつけられる思いになります。
建物内へ戻ったことで尊い命を失われた方が、うちの娘と近い年代だったこともあり、「もし自分の子どもだったら」と考えずにはいられません。
もし同じような状況で「戻ってほしい」と言われたら、うちの娘も迷わず従ってしまうかもしれません。
責任感が強く、真面目な人ほど、「自分がやらなければ」「言われたことだから」と行動してしまうものです。
だからこそ、守らなければならないのは、その責任感を持って働く人たちの命です。
災害直後は、何が安全で何が危険なのかを正確に判断することは簡単ではありません。
だからこそ、企業や組織には、どんな事情があっても「まず命を守る」という判断を最優先にしてほしいと心から願います。
命を守る判断は、あとからやり直すことができません。
一度失われた命は、二度と戻ってこないからです。
亡くなった人には、もう二度と会えないのです。
その事実だけは、何年経っても変わりません。
熊本地震のことを考えているうちに、今年3月に沖縄県名護市の辺野古沖で起きた修学旅行(研修旅行)中のボート転覆事故のことも思い出しました。
一見すると、全く違う出来事です。
でも、私の中では重なるものがあります。
どちらも、「もっと命を最優先に考えていたら、防げたかもしれない」という悔しさが残るからです。
事故の詳しい経緯や、その時々の判断について、外から見える情報だけで断定することはできません。
それでも、報道に触れるたびに、「あの時、誰かが『危ないからやめよう』『まず命を守ろう』と言えていたら」と考えてしまいます。
私は、このような事故や災害で、安全を守る責任がある立場の人たちには、厳しい目が向けられるのは当然だと思っています。
人の命を預かる立場にある以上、その判断には大きな責任があります。
だからこそ、「なぜ命を最優先にできなかったのか」「危険を避ける判断はできなかったのか」と、私は強い憤りを感じます。
そして、その責任があるなら、きちんと向き合い、検証し、二度と同じことを繰り返さないために生かしてほしい。
それが、亡くなられた方々や、ご遺族に対する大切な責任だと思います。
働く人も、子どもたちも、一人ひとりに帰りを待つ家族がいます。
夢があります。
将来があります。
その未来は、誰にも奪われてはいけません。
私は親として、子どもには「真面目に頑張る人」であってほしいと思っています。
でも、それ以上に、「危ないと思ったら仕事よりも自分の命を守っていい」と伝え続けたい。
そして、企業も学校も、すべての組織も、「人の命を守ることが何よりも優先される」という文化を築いてほしいと願っています。
お金は取り戻せます。
予定もやり直せます。
でも、命だけは戻ってきません。
だから私は、この二つの出来事を通して、改めて伝えたいのです。
お金よりも、命が大事。
この当たり前のことが、災害でも、学校でも、職場でも、すべての現場で当たり前に守られる社会になってほしい。
二度と、守れたはずの命が失われることのない未来を、心から願っています。
