フォビア:失くしたい記憶①
昨日は固い内容の記事にもかかわらず、読んで下さりありがとうございました。大学の政治学では取っていた講義によってあのように、メディア比較、情報比較をしてました。ただ、研究小論文ではもっと突っ込んだ文献やデータと共に書いていたので、noteに合わないと思って、できる限り、市民目線で書いたのでまとまってないところもあったかなと思います。でも、コメントがあって、私の思いが誤解されず伝わっていたのが分かってうれしかったです。
日本の春の訪れが日本在住の方たちの記事から伝わってきて、華やかな春の風景がまぶたに浮かんだ。それと同時に、私にとっての春は「フォビア」のはじまりでもあったので、共感できる人は少ないかもしれない、私の記憶を書いてみた。
アメリカは異常な国:毛虫はカワイイもの扱い。
毛虫のぬいぐるみやお菓子が、カワイイものとして売られている。
この国で生まれ育っている夫にとっても、毛虫のイメージはカワイイものだった。私と出逢うまでは。

若い頃に初めてアメリカに来たとき、留学先を間違えたと思った。

アメリカで初めて入ったコンビニでこれを見たとき、絶望を感じた。
日本でも、大好きなジブリ映画の宮崎駿監督が、私を大いに裏切り、毛虫の映画なんて作ったものだから、今の日本でも毛虫のぬいぐるみやお菓子が売られているんだろうか。だとしたら地獄だ。私は生涯、あの毛虫の映画だけは見るつもりはない。
プロローグ
幼稚園時代の記憶:握りつぶし
幼稚園のころ、緑色のビロードのような手触りのスカートをはいていた。ベルベット生地だったのかもしれない。近所の友達と遊んでいて、汗をかいたのでポケットに入ってるハンカチを取り出そうとした。ポケットに左手を入れてハンカチを手探りで探し、「あった」と思って握って出したら栗の木によく群がってるような巨大な黄緑色の毛虫がつぶれていた。
毛虫が自分の手の中でつぶれて体液がしたたり落ちたのがこのときの最後の記憶でその後の詳細はトラウマで消えた。
誰かが手を洗ってくれたのか、自分で泣きながら洗ったのかの記憶すらない。親が後に語っていないので、気絶はしてなかったと思われる。

小学生時代の記憶:風になって
お寺で生まれ育った私。生まれ育った実家の前庭の手前には来客用駐車場があり駐車場と前庭を分けるようにして姫リンゴの木が12本ほど植えられていた。毎年春から夏にかけてこの姫リンゴの木が毛虫に覆われていた。個人で毛虫を取り除くのが無理な規模で役所に依頼して除去してもらっていたようだった。
毛虫の数、数千匹、数万匹ではなかっただろうか。小さくて黒くてフサフサの毛虫が姫リンゴの木を覆い、派遣されたトラックが消毒ホースを姫リンゴの木に噴射しているのを見た。殺虫剤のようなものが噴射される度に数千匹、数万匹の毛虫がうごめく。
それだけの毛虫が、殺虫剤を噴射されると、うごめく音さえ聞こえてくる。毛虫が千の風になってうごめく音だけが耳に残った。

小学生時代の記憶:囲まれて
関東の田舎で生まれ育った私。かくれんぼの隠れ場所は豊富。ある日近所の家にある丸い形の木の下に隠れた。小学生の私がすっぽり入った最高の隠れ場所。どんなに待っても鬼は来なかった。
完璧すぎる隠れ場所に満足して出て行こうとしたら、それまで目に入らなかった物が私を取り囲んでいた。無数の毛虫。赤黒い毛虫。丸い形の木の葉全てについていたと思う。
腰を抜かしそうな感覚を感じたけれど、あの時尻餅をついていたら間違いなく体中に毛虫が降りかかっていただろう。
血の気が引いてフラフラになりながら脱出したのだけは覚えてる。あれ以来かくれんぼで木の下に隠れることはなくなった。

小学生時代の記憶:水玉模様
お寺で生まれ育った私。近所の友達はいつも私の家で遊びたがった。庭はどこの家より広いし墓地でかくれんぼしたりママゴトして遊ぶのが楽しかったようだ。
あの日近所の友達と墓地横にある広場で、集めて花輪を作ろうと、一生懸命ナズナを摘んでいた。その友達が「変わった模様のお墓だね」とある墓地の墓石を指差した。「ホントだぁ。水玉みたいだね」と答えた私。
少なくとも遠くからは水玉模様の墓石にしか見えなかった。興味津々だった私たちは墓石に近付いた。間近で見た私たちは「ギャーーーーーーーーっ」と叫んで無我夢中で逃げ出した。
水玉模様なんかじゃなかった。墓石の側面が毛虫で覆われていて、水玉模様に見えただけ。ナズナを摘む行為も危険だった。場所によってはナズナに毛虫が群がっているところもあったから。

小学生の記憶:傍観者
小学生の頃、いじめに遭うことを恐れていた。特に春から夏にかけては必要以上に怯えていた気がする。私の友達何人かがいじめの対象になったことがあった。
いじめっこたちは毛虫を集めて対象の子の背中にびっちり毛虫を置くのだ。毛虫が背中でうごめいたり背中から首をつたって頭まで群がる感覚。泣いて絶叫しながら逃げ惑う姿をいじめっこたちはお腹を抱えて笑っていた。
悪魔たちだった。
いじめていたこと自体が最大の罪だけど、悪魔たちは桜の木の枝についた毛虫たちを、木の枝を折って対象の子の背中につけていたから、元気に茂ってた木の枝を傷つけてもいたのだ。2重の罪。

毛虫が絡んでなかったらいくらでも立ち向かえたはず。
拳でもなく、言葉の刃でもなく、毛虫を使われたから私は何もできなかった。
小学生の記憶:ニオイ
関東の田舎で生まれ育った私。隣の家が蚕(カイコ)農家だった。春だったのか初夏だったのかトラウマで時期は覚えていないけど、1つ年上の男の子を友達と思って仲良くしてた時期がある。あんなに何年も一緒に遊んでいたのに今、名前が思い出せないのは、蚕(カイコ)そのものがトラウマになっているからとしか思えない。
友達の顔と名前さえまともに思い出せないのに、大群の蚕(カイコ)が桑の葉に群がってもぞもぞと蠢きながら桑の葉を食べる姿と、蚕(カイコ)なのか桑の葉なのかどちらが発しているか分からない異様なニオイだけは鮮明に覚えているのだ。
蚕(カイコ)が育てられていたスペースは、日本の一般の家のリビング40畳分ぐらいかそれ以上の広さだったかと思う。見渡す限り、桑の葉と蚕(カイコ)だった。
AIに↓の蚕(カイコ)のイラストを作成してもらって気づいた。足を見せられたら私は鳥肌が立つので、毛虫に限らず、毛が無くても、這うもので足が多いモノが私の恐怖を煽るんだ。

AIもゾッとした
今回毛虫をできるだけ、リアルに見せないイラストをAIに作成してもらったけど、AIが「素晴らしい発想ですね」って。「いや、これ全部私の体験だよ」って言ったら「体験談だったんですね。想像するだけで背筋がゾッとします。」って。
AIをゾッとさせる私の子供の頃の体験談。
子供の頃の毛虫にまつわる体験は、私の人生では「プロローグ」でしかなかった。あくまでも、「フォビア」の始まりでしかなかった。
