そして春休み ユカと私それぞれの旅立ち
3月になりました。
新しい区役所の臨時バイトが始まるまで何日か、日にちがありました。
そこに、ユカから
「短大決まったぁ!補欠合格やけど」
と、ずっと待ち続けていた、嬉しい報告がやっと、ホント、やっと届きました。
「さなさん、よかったねぇ」
嬉しいと同時に、ホッとしました。
やっと、待ちに待った、心から楽しめる春休み。
そして2人で、私が買ったタカラヅカのビデオ(私の推しのディナーショー)の鑑賞会をするために、ユカは午前中からうちにやってきました。
近くのスーパーで、おやつやジュースを2人で買い込みました。
昼ご飯もお菓子パーティーで乗り切る気でしたが、母が
「さなさん、よかったねぇ。
これ2人で食べぇ」
と、向かいの喫茶店から、ランチをとってくれて、持って来てくれました。
ユカがなかなか合格しなかったことを母にも言っていたので、母もきっと気にしていたんでしょうね。
思わぬご馳走にありつけました。
結局、ユカは何校受験したのかも、知りません。
あの頃だって、受験料はそれなりにしたはずです。
その間、私はバイトに行き、そこから明け方近くまで起きていて、ゴソゴソとジグソーパズルをしたり、音楽を聴いたり、漫画を読んだりしてから寝て、昼過ぎに起きて、またバイトに行くという、昼夜逆転の生活を送っていました。
ユカとは電話もしなくて、何も聞いていなかったけど、高校に通いながら、いろんな大学を受験していたのでは、ないだろうか?
私には、わかりませんが。
(私の息子、長男がそうでした。卒業しても、制服を着て、国公立大学の中期や後期の対策のため、試験日以外は高校に通っていました。本当に親子で、いや息子か一番しんどい時期でした)
私はあの頃、親友だと思いながら、一番近い存在でありながら、本当は、何もユカの事、わかっていなかったのかもしれないと、今noteを書きながら、思いました。
私も、実際2人の息子の受験を体験して、ユカの大変さや、ユカの親御さんの支える側の気持ちを想像すると、私には、ユカの立場も、ユカの親御さんの立場も両方、耐えられないかも?と思いました。
今はもう、交流も断絶してしまっているけれど、あの時、もっと寄り添える方法があったかもしれないと、思ってしまいます。
あの頃、ユカもそうですが、ユカのお母さんも、私のことをどう思っていたのだろうか?
まぁ、今聞ける関係が続いていたとしても、怖すぎて、よぉ聞くことは、出来ないですがね(笑)
その後私は、ユカやユカのお母さんが絶対無理になる出来事が待っているのですが、この春休みは、一番平和な穏やかな時間になりました。
また、話、戻ります。(笑)
おいしいランチも食べておやつも食べて、ご機嫌鑑賞会は夕方まで、続きました。
ユカとは不思議なくらいに、長い濃厚な時間を一緒に過ごしましたが、これからはもう、違う短大に通います。
毎日、顔を合わすこともなくなりますが、離れてもお互い頑張ろうね!と、いう気持ちになりました。
区役所のバイトが始まりました。
私は、区役所のバイトに行きながら、時間を見つけたては、姉(次女)に付き合ってもらい、化粧品を揃えたり、春からの服を買いに行ったりして、短大生活の準備もしていきました。
米米CLUBのコンサートにも、シャオリンとユカと3人で行きました。
2人とは、1年前に初めて大阪まで、米米CLUBのコンサートに出かけたことがあります。
生まれてはじめてのコンサートだったのですが、米米CLUBがコンサートを3時間ぐらいしてくれて、すごく盛り上がり、見終わったあとも、3人でテンションが上がったまんま、ひとけない夜の街を、歌を歌いながら、なんなら、コーラスまでいれてハモりながら、ノリノリで帰りました。
なので今回も、きっと盛り上がるだろうと、すごく楽しみにしていました。
しかし、なんだろう?
3人ともそんなに盛り上がらずに、
「前のほうがよかったねぇ」
と、言い合いながら帰ることになりました。
このあとすぐ、浪漫飛行がCM曲に使われて米米CLUBは、すごくメジャーになっていきました。なんか大物になりすぎて、遠く感じていきました。
(いや、元々遠い存在でしたが、彼らの仲良し感にすごく憧れていて、出来ることなら彼らが知り合ってバンドを組んだ学校に進路を進めたいぐらいに私は、崇拝していました。そんなこと、うちの親は許さなかったでしょうがね。
まぁ、私が進んだ短大には、同じ学舎にデザイン美術があり、そこに所属の彼らはアーティストを目指していたので、学校生活も見ていてとっても自由でした。
やはりクリエイティブなやつらは違う。(笑)米米CLUBのメンバーも、こんな学生生活だったのかも!)
ユカと私はすっかり、タカラヅカにどっぷりハマってしまい、ここからタカラヅカに通う日々を送ります。
4月、私の入学式の日なのに、私たちは
人生2度目のタカラヅカを見に行き、ベルばらを生で見ました。
(私は、入学式後の長唄の鑑賞会を長唄がほんと長すぎて、途中で抜けて宝塚に向かいました。バイタリティーあったのね、私(笑))
これからは、本当に別々の世界に進みますが、付き合いは、まだまだ続いていく私たちです。
