ユカとまいこ、それぞれの短大生活 その22
なんだか、ユカと一緒に過ごした高校時代より、短大生活の内容が多いです。(笑)
「ユカとまいこ」とタイトルに入れておきながら、ユカが出てこない回も、ありますが、
私とユカは、相変わらずの関係です。
毎日は、さすがに会わないけど、長電話は、しょっちゅうしあっていますし、なんならバイトをしていない今は、土日のどちらかは朝から夕方まで一緒に過ごし、下手したら両方会ってたりしていました。
「うちのお母さんがさぁ、『あんたとまいちゃんは、ほんま付き合ってる恋人同士みたいやなぁ。ずーっと、長電話して』って言ってるわぁ」
と、めっちゃ嬉しそうにユカに言われました。
いやいや、「付き合ってる恋人同士」って(笑)
ずーっと一緒に過ごしていた高校時代がよぎりました。
毎日、ずーっと一緒にいて、音楽やマンガの趣味まで私は、共用されていた気分でした。
「私の好きなモノは、ユカも好きになる」
それは時には楽ちんで、時にはとても息苦しいものでした。
まだ、モノならマシ。
まぁ、マシでは、ないけど⋯。
それが「私の好きな男の子」になると、話は、ほんと違ってくる。
まぁ、嬉しそうに好きな男の子の話をする私が悪いんだけど、ユカもその男の子たちを私と一緒に名前をちゃん付けして呼び出すし、隙あらば、その男の子と仲良くなろうとしてくる気が、しないでもない⋯。
最近、嫌になったはるちゃんも、きっかけをくれたのが、ユカだからいろいろ報告してましたが、終わりをむかえなかったら、どうなっていたかわかりません。
逆に、私はユカの好きなモノに興味があまりありませんでした。
ユカの好きなアイドル、アーティストのカセットテープ(時代(笑))を借りて、一応ダビングはするんですが、「私もCD買おう」とは、なりません。
マンガも、真似して買うのも、そんなになかったかな?
好きな男の子も、もちろんスルーです。
ユカから相談は受けますが、しょせん、マンガで得た知識をフル回転させてのアドバイス(もちろん、私の感想も含みます)なので、ユカには響かないのか、ユカが自分の思うままに突っ走りたいのか、ユカを見てて、私のアドバイスが活かされたと思える記憶がございません。
お揃いの服も、いっぱいあります。
それも、2人で相談した訳ではなく、私が選んだ服を、隣で見ていて、同じ物を買うんです。
短大がもし一緒だったら、またずーっと一緒にいて、たまにおんなじ服を着て、(中、高は制服だからおんなじでも抵抗なかった)
新しく出来た友達も、当たり前に共通の友達になり、ニコイチな2人が続いていたでしょうね。
そんなに一緒にいるのに、ユカとは旅行に行ったことはありません。
ユカはユカで、短大の友達と2回も卒業旅行という名前の旅行に行っていましたが。
そんな学生最後の長い春休み?(短大の授業は終わり、卒業式待ち)に嬉しい知らせが届きました。
ドイツに留学していた、シャオリンが、
「一時帰国している」と言う電話です。
「会おうよ」
と、連絡がありました。
シャオリンに会うのは、2年弱振りです。
シャオリンは、先見の明がある人で、高校時代に、
「『ちびまる子ちゃん』が面白い」
と、力説していましたが、シャオリンがドイツに旅立ったあと、『ちびまる子ちゃん』は、アニメ化し、大ヒットで社会現象になりました。
私は、そんなすごいことになっているのを、エアメールでシャオリンに伝えましたが、日本で起きているフィーバーぶりをシャオリンに直に見せられないことが、本当に歯がゆかったです。
シャオリンがリアルタイムで、この『ちびまる子ちゃん』の活躍を見ていたら、どう思ったか知りたかったです。
本当に残念。
シャオリンは、松平健も大好きでした。
私にとっては、「白い馬に乗って波打ち際を走る暴れん坊な将軍さま」のイメージしかなかったので、高校時代、松平健が1度目の結婚をしたニュースに、シャオリンが大騒ぎしているのを、
「オトナなご趣味で!」
と、思って眺めていました。
はい、みなさんご存知の通り、その松平健は、金ピカの衣装で、サンバを踊るちょんまげさんになり、(個人的にサンバには、嫌な思い出が(笑)まぁ、私の場合は、ブラジリアンショーのお姉さんたちですが)、何年もたった今でも、変わることなく元気に歌い踊り続けてらっしゃいます。
うちの長男がその14年後(この一時帰国から数えて)幼稚園の年中の運動会で、このサンバをポンポンを先っぽに付けた棒を持って踊っているのを見て、息子の成長よりも、その音楽を聴きながら、
「シャオリンは、すごいわ。健様の活躍が凄すぎる。うちの息子、サンバ踊ってるよ!」
と、考えていた私です。(笑)
そんなシャオリンの一時帰国です。
少しでも楽しい思い出を一緒に作りたくて、
どこに行きたいか聞きました。
「太秦映画村で今、健様がドラマを撮っているからそれを見に行きたい!」
とシャオリンが言ったので、太秦映画村に行くことになりました。
もちろん、ユカも一緒です。
久しぶりに会ったシャオリンは、ショートカットにゆるくパーマーを当てて、私のイメージを変えました。
高校時代は、色白で体が弱く、体も細く儚げなお嬢様って感じだったのに、ドイツの食べ物や、風土があったのか、シャオリンは、健康的な、ボーイッシュな女の子に代わっていました。
うん、こんな感じで、ドイツの街並みを歩いているシャオリンが想像出来ました。
お目当ての健様を私たちは、ガラス張りの見学スペースから、見下ろす感じで見ていました。
けど、遠い。
芝居している声も聞こえない。
将軍さまは集中力がすごくお有りなようで、私たちが熱い視線を送っても、全然見向きもしてくれませんでした。
いろいろ回って、2回目もチャレンジしましたが、2回目も、将軍さまは、見上げてくれませんでした。
将軍さまと目が合うこともなく、私は諦めましたが、シャオリンは、1人で3回目もチャレンジに行っていました。
そりゃそうよね。
ガラス越しに好きなお方がいるなんて、こんな貴重な体験、本当なら1日中眺めていても、きっと飽きないでしょうね。
シャオリンもずっと見ていたかっただろうね。
あの時、理解出来ずにごめんね!
2回目のお出かけは、タカラヅカでした。
「当日券を買って見に行こう!」
と、言って、土曜日の2回公演の、1回目を見る約束をしていたのに、なんと私、大失態をしてしまいました。
待ち合わせの時間に、起きてしまったのです。
終わった⋯。
携帯もない時代です。
とりあえず、急いで用意していると、ちゃんと待ち合わせに行っていた、シャオリンとユカが、うちに電話をくれました。
「ごめん。寝坊した!私のことはほっといて、2人で見に行ってください」
と、謝りました。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
「いいよ、待ってるから」
シャオリンは、言ってくれました。
私は、急いで2人の元に向かいました。
待っていてくれた2人に
「本当にごめんなさい。
11時の部は始まっちゃてるから、2回目の15時からのはどうかな?」
恐る恐る私は、提案しました。
するとユカが、
「あ、無理。今日、夜親戚とご飯食べないといけないから、夕方には帰らなあかん」
と言いました。
自分のことは思いっ切り棚にあげて、
「なんでよ、親戚とのご飯っていっつも、してるじゃん。今日ぐらいゆっくり付き合ってくれたらいいのに」
と、心の中で思いました。
結局、最初のお芝居は見ないで、後半のショーを1時間だけ見ました。
もったいないことを2人にさせてしまい、本当に申し訳なかったです。
(今も変わらず私、シャオリンに会うたび、なんかやらかしてるわ。本当にごめんなさいね!嫌いにならないでねぇ!)
そしてシャオリンと過ごす最後は、水族館に行きました。
本当なら(言い方おかしいかな?自分から終わらせたのに)はるちゃんと行くはずだった水族館です。
最初は、なんか居心地が悪い気がしましたが、3人で遊んでいると、楽しくて、
「はるちゃんとなら、こんなに楽しめなかっただろうなぁ」
と、思いました。
そして私たちは、交代番んこで、2人ずつ写真を撮りました。
アマゾンに住むピラルクの前で。
ここで写真を撮ったことによって、私は、ピラルクを覚えました。
この、ピラルクが私の運命を変えていきます。(笑)
(よかったら、これからも私の話にお付き合いいただけたら、運命のピラルク話を知っていただけますので、引き続きよろしくお願いします。)
その時は、そんな未来がすぐそばに来ていることも知らずに、3人で無邪気に、童心に戻って、(童心は、いつもか(笑))水族館を楽しみました。
その日もなぜか、ユカは先に帰った気がします。
シャオリンと2人ですぐ近くの学問の神様の神社に、お参りに行って、ピンクや白の梅の花を見ました。
The日本を最後に、シャオリンに見せれてよかったです!
シャオリンは、日本にいる間の3日間も私とユカと過ごしてくれました。
またドイツに戻ってしまいましたが、あの時、いっぱい遊べた思い出が今も残っています。
シャオリン、またいつかそのうちタカラヅカのリベンジさせてね!
と言っても、タカラヅカを離れて随分経つので、どの組も全然知らない人だらけですが。
シャオリンとは、オトナの遠足を今も楽しめる関係ですが、ユカとはもう二度と一緒に遊びに行くことは、ないでしょう⋯。
まぁ、仕方がないことですが、ね。
アルバムの中の私たちは、満面の笑顔で寄り添って、きらきらしています。
もう少し時間がたてば、ユカのこと、懐かしく思えるようになるのかな?
今、noteを書きながら、そんな事考えてしまいました⋯。
