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HSPの父親が、娘に絶対しないと決めていること。7年間で気づいた、子育てと繊細さの話

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子どもが泣くのは、今でも苦手だ。

娘の泣き声が聞こえると、心臓がぎゅっとなる。何かしてあげなければという焦りと、自分も一緒につらくなってしまう感覚が、同時に押し寄せてくる。これはHSPの「感情の共鳴」と呼ばれる反応だ。他者の感情を、自分のことのように受け取ってしまう。

でも、そういうときほど私は笑顔で「大丈夫だよ」と伝えながら、娘を抱きしめる。

心はつらい。でも娘の方がもっとつらいから。

これが、HSPの父親として7年間やってきた私の、正直な話だ。


絶対にしないと決めたこと

娘が生まれてから、自分の中でいくつかのルールを決めた。

ひとつ目は、手を上げないこと。これは当然のことのように聞こえるかもしれない。でも自分がHSPで、感情の起伏が激しい場面に過敏に反応してしまうからこそ、意識的に決めた。感情が高ぶった瞬間こそ、一度立ち止まる。アドラー心理学で「怒りは相手をコントロールするための道具でしかない」という言葉に出会ってから、怒りという感情を相手にぶつけることをやめた。娘に対しても、それは変わらない。

ふたつ目は、できるだけ否定しないこと。「あれダメ」「これダメ」「それやっちゃダメ」という言葉を使わないようにしている。子どもの行動を頭ごなしに否定するのではなく、なぜそれをしてほしくないのかを、娘が理解できる言葉で伝えるようにしてきた。

そして、ポジティブな方向に導くこと


「無理」という言葉をなくした日

娘が4歳か5歳の頃、こども園で「無理」という言葉が流行った。

気づいたら家の中でも、何かあるたびに「無理」と言うようになっていた。

「無理って言うと成長しにくくなるよ」と伝えて、ポジティブな言い換えを一緒に考えるようにした。「難しいね」「もう少しやってみようか」という言葉に変えていった。

それ以来、娘は「無理」と言わなくなった。

小さな言葉の習慣が、子どもの思考の癖を作る。作業療法士として「言語は行動に影響する」ことを知っているからこそ、言葉の選び方には特に気をつけてきた。


HSPだから、感じすぎてしまう

正直に言うと、子育ての場面でHSPであることがしんどくなるときがある。

娘が泣いているとき。娘が怒られているとき。娘が友達とうまくいかなかったと話してくれるとき。そのたびに、娘の感情が自分の中にまで入ってきてしまう。

妻からはよく言われる。「我慢しすぎ」と。

確かにそうかもしれない。でも娘の前では笑顔でいたい。娘の感情に飲み込まれながらも、それを顔に出さずに「大丈夫だよ」と言える父親でいたい。

それがHSPの父親としての、私なりの戦い方だ。


感動をもらい続けている

7年間、娘にたくさんの感動をもらってきた。

3歳で入園して2ヶ月後の発表会。最初はなじめるか不安だった。でもステージの上で大きな声でりすさんの役を演じている娘の姿を見て、涙が出た。

6歳で逆上がりができるようになった。7歳でスイミングの100mメドレーができるようになった。7歳で跳び箱9段を飛べるようになった。

そのたびに、びっくりさせられる。感動させられる。

子どもの成長って、こんなにも眩しいものなのかと、毎回思う。


最後に、娘へ

HSPの父親として、完璧にできたとは思っていない。

感じすぎて、一人で抱え込みすぎることもあった。うまく言葉にできなかった場面もあった。

でも、娘が元気に育ってくれている。それだけで十分だ。

産まれてきてくれて、ありがとう。

元気に育ってくれて、ありがとう。

素直にそう言いたい。

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『HSPの父親が正直に話す「子育てのしんどさ」と「それでも続けられた理由」』
子育ての原点である『0歳の夜』の絶望。あの日があったから、今のルールがあります。もし今、育児に疲弊しているなら読んでみてください。

『「夜、ひとりで眠る」という自分を守る方法を、作業療法士として考えてみた』
「家族を愛しているからこそ、一人の時間を死守する。HSPが親として持続可能であるための、一番大切な『安全基地』の話です。」

以下は私が執筆した作品です。お時間あればぜひお手にとって読んでいただければとお思います。


作業療法士16年目|特養・ユニットケア勤務|元認知症ケア指導管理士|HSP・ISFJ


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