見出し画像

時刻表を見て徒然に 25年7月25日

【今回は、長距離列車をテーマに】
長距離列車というものに乗ったのはもういつだっただろうか。自身の屁理屈だと思うが、長距離の列車に乗るという定義は人によると思う。
北海道の道東とか道北を旅していて、平気で「次の電車は何時でしょう」と言っている方は、長距離の列車に乗るという意識がなんだかな、と思ってしまう。そもそも、道東とか道北には『電車』という代物は走っていない。北海道の電車は、あくまで札幌を中心とした、小樽,旭川,室蘭の間だけだ。つまり、生活の一部になっている、長距離とは言えない住んでおられる大都市周辺の鉄道の延長で道東とか道北に滞在しても、つい言ってしまったのかな、とみてしまう。旅に出ると、電車というより、次の列車はという方が合っている感じ。
しかし、大都市周辺とはいえ、次に触れるのは山陰本線。

昔は京都-城崎との間は電化でなかった。何せ、京都駅山陰乗り場から、客車に乗って二条で降りた記憶が有る。いまは観光鉄道となった保津峡沿いも昔は気動車やディーゼル機関車がひく客車が走っていた。で、この区画、京都の街中から近くなので、一般人からすると電車と列車の区別は無かったかもしれない。ともかく、明らかに架線の無い場所で電車と言ってしまう場合、普段の生活の一部の延長の感覚でつい口に出るのかな、とふと勝手に。わからない訳で無いが、せっかく旅に出ているなら、普段電車に乗る感覚は置いてもらいたいなあ、と思ったりする。

という事で、今回のお題の「長距離列車」は、普段生活の身近で無い崇高なものだと考えている。なぜなら、どうにかして、その長距離列車に乗ってしまえば、自動的に潤んだ旅心を得れるからだ。それが、旅愁に

置き換わる事も有るようだが、その時はその時で、普段は感じていない自分を感じ振り返った事を残せれるので、それもまた乙なもの。
まずは、いずれ深堀して纏めたい、いまは無き特急「北アルプス」。私のnoteのURLの一部とさせている。この特急「北アルプス」は、何と名鉄、国鉄、立山地方鉄道の3つの鉄道会社にわたるもので、
  神宮前9時25分-立山14時53分で、約5時間30分
あとで、いろいろと書くが、当時、これ以上時間のかかるのは走っていたようだ。が、私にとっては身近なところをこれだけかけて走っていたという事だけで、変な尊敬をしていた。何せ、名鉄には知立というどの特急も停まる主要駅が有るが、何とこの知立を通過する妙な列車があるという、電光掲示板が有った。そして、(どういうきっかけが忘れたが)偶然にもその知立を通過する列車を見てしまった。当時の名鉄パノラマカーと違った、車輌が「なんじゃこれ」という代物だった。どうやら、知立で見たのは、北アルプス車輌だが、北アルプス号として運転される前の回送兼速度の遅い名鉄特急として名鉄にこき使われている列車で、ちょっと前に鉄仲間から「豊橋発で東岡崎停まったら、他の電車の兼ね合いで、知立を通過せざるを得なかったようだ」と。なるほど。こうやって特急「北アルプス」を知っていくと、無くなった今となっては、完全なレジェンド、いや国宝級クラスだ。ロマンスカーミュージアムに倣って、昔あった名鉄資料館を復活してもらい、そこに北アルプスコーナーでも作ってもらってもらいたいものだ。

次に、小三になる春休みに、紀伊半島を家族旅行した。その時、一般人が住んでいる家に大時刻表で無く、文庫版より一回り大きなコンパス時刻表というものを買って来たようで、行きの急行「紀州」の行程を見ていた。そうしたら、同じページの特急「くろしお5号」という妙な列車(食堂車付き!)のダイヤを発見。
  名古屋9時50分-天王寺18時13分で、約8時間20分。

名古屋発天王寺行きというやつで、何とまあ身近でないやつが走っているなあと思った。名古屋はわかるが、天王寺?という人間にとって、当時は未知の領域だった。
ま、紀伊本線のページを見ると(というより当時の国鉄、他の線路で探せば今の概念からすると、ヘンテコなのがあったようだが)長距離列車は、他にあるのかなと思って、改めて「復刻版 78年10月号」を見ると、
 ・(名前の無い普通列車、何と新宮から「はやたま」という名前になり、寝台車2両連結?)名古屋15時19分-天王寺(翌日)5時00分で、約13時間50分。 
  
※この列車、上りは天王寺23時00分-名古屋(翌日)12時59分 ・・・
とのことだ。驚くしかない。

次は、どこにスポットをあてるか。4時間の乗船時間の青函連絡船(連絡船が無くなったら津軽海峡線。北海道新幹線にいずれ乗りたい・・・)で内地と北海道を行き来した身としては、上野-青森(札幌)、大阪-青森といった、内地でのありきたりのものは後回しにしたい。北の大地に行く場合、そこへの行く道中は、客観的な時間以上に「まだか、まだか」の心境で、長く感じ、逆に帰って来る道中はもはや時間の事は考えていなかったからだ。
ということで、次に、長距離はという事で、好きな北海道内を。ワイド周遊券片手に

旅していたので、北海道内列車は1本1本が今でも長い印象だが、まず特急「北斗」。こいつが「25年春の時刻表」より、函館-札幌が最速で3時間50分となっているので、今度は「復刻版 82年11月号」を見ると、深夜便の連絡船乗車の為に、札幌発「北斗 8号(食堂車付き!)」に乗ると、函館に4時間20分で着き連絡船との接続で20分とかなり良い。なぜなら、他の北斗で函館に着くと、青函連絡船待合室で、原則青森行きを待った覚えが有るからだ。

では、他の列車。
「復刻版 82年11月号」より
・特急「オホーツク」(1回だけ食堂車利用)(もと夜行大雪が夜行オホーツクになり、社会人時代で寝台車に乗った) 
網走行き1号が5時間48分
・特急「おおとり(食堂車付き!)」(1回だけ、網走→函館通しで。森や八雲とか、北斗で停まる駅も幾つか通過したのは驚き。もっと乗りたかった・・・) 
網走→函館で約11時間30分

・急行「利尻」(座席のみ、札幌発、稚内発とも乗車。一度、稚内から乗り、名寄の利尻返しという事で名寄で降り、深夜跨線橋を渡り稚内行きに乗り、羽幌で降り、当時の羽幌線に乗った) 稚内行きが約9時間
・急行「まりも」(座席、寝台とも) 網走行きが約9時間
・急行「天北」(天北線経由)稚内行きが6時間48分
・急行「宗谷」稚内行きが6時間8分
※客車で無くなった臨時の急行「ニセコ」,斜里から急行「しれとこ」,旭川から急行「礼文」,札幌から「北海」それぞれ乗った事が有る。他、復刻版 82年11月号 を見るといろいろ有り、実際乗ったor乗って無いが気になったのが有るが、今回はこの程度で m(_)m
ともかく、北海道の列車というと、学生時代に乗ったのが中心というのもあるが、ともかく長い時間、気動車orディーゼル機関車がひく客車にひたすら乗車しないといけないイメージが強い時代で有った。

連絡船が無くなり、新しい列車が登場した。
「復刻版 88年3月号」より  
※特急はつかりが、盛岡-青森から、盛岡-青森or函館へに代わった。
・急行「はまなす」(函館駅前ビジネスホテルが一杯だったので、やむを得ず函館改札口で待って深夜2時52分に乗り青森へ) 青森行きが7時間17分
・北斗星(晩御飯はパブタイムのみだが、良かった。朝食は予約無しで可。和食洋食とも食べた) 札幌行き1号が約16時間

・エルム(臨時列車。食堂車・ロビー車無し) (復刻版 88年3月号に無いので
ネット時間調査より)上野きが約17時間

(トワイライト、カシオペアは結局縁無く、廃止・・・)
時刻表の復刻版とネットで、当時のダイヤがわかり、とてもお世話になった。
ま、ここまで、振り返りが出来たのは楽しいものですが、実際当時は(一人旅というのもあり)楽しかったというより、日常から半分無理やり脱出して、列車に揺られ、非日常を味わうだけで精一杯で、今から思うと「さぞかし楽しかったのだな」と思う始末だ。当時の旅日記の1つ、

に書いたように、日常から脱出してやれやれだったという、鉄道に乗りながら素直に心情を吐露・整理していた方に精力を注いでいた感じだ。当時の生活環境と変わったのは事実なので、今後若いころと違って長距離列車に乗る素直な喜びのみを正直に吐露しながら、後で楽しかったなあという旅で終えるだけでそれで良い。

後回しにした、上野-青森、大阪-青森を含む、内地での列車として、
「第1グループ」八甲田(数えきれない)、津軽(1回だけ)、白鳥(大阪から青森のを2回)、いなほ、はつかり、はくつる・ゆうづる(驚異の電車寝台三段、1回中段になった時は着替えるに一苦労)、他乗っていない列車
「第2グループ」有明、にちりん、みどり、やくも、(単独の)はやぶさ、いそかぜ(1回、下関-米子)、ひだ、南紀、しらさぎ、しなの、踊り子、東海、あずさ、他乗ったor乗っていない列車
が有るが、最近以下のように、非常に暑いせいか

土日35度、今度の月曜から最高36~40度!

とんでも無い気象状況。家にいてこの書き物しても、疲れてきた。今日はこの辺で  m(_)m

#長距離列車 #鉄道旅 #旅情 #旅愁 #時刻表 #国鉄時代 #急行列車 #特急列車 #気動車 #客車列車 #寝台列車 #夜行列車 #青函連絡船 #北海道鉄道旅 #ワイド周遊券 #鉄道好きな人と繋がりたい #鉄道ノスタルジー #昭和の鉄道 #鉄道回顧録 #旅と鉄道 #鉄道のある風景 #車窓の景色 #非日常体験 #一人旅 #バックパッカー旅 #長時間乗車 #ローカル線の旅 #鉄道文化 #鉄道史 #旅の記録

いいなと思ったら応援しよう!