耳あり芳一【第四話】夜桜百鬼祭④
今宵、桜のもとに集うは、百の鬼たち──
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第五章 福知山、太鼓の怪
◇
清閑寺の境内。
満開の枝垂れ桜の下に、一人の女が座っていた。
月と桜が織りなす光のなか、女の姿は赤く浮かび上がる。
紅の衣に濃い黒髪、唇は笑みを含み、眼差しはどこか遠くを見ていた。
その足元に──
鬼たちが、群れていた。
さまよう怨霊たちは、篠山の山を越え、町を這いずり、今や人が鬼と化してこの桜の下に集いはじめている。
名もなき者、顔なき者、影のような者。
それらが夜の帳に溶け込むように、ぞろぞろと、這うように。
女は、それを止めようとはしない。
ただ、微笑を湛えて、ひとつ、口を開いた。
「──百鬼は、まだ足りません。
踊りに来るなら、もっと鬼が要ります。
ですから、ひとつ、お話をいたしましょう」
声はしっとりと艶やかで、風よりも細く、耳に忍び込む。
まるで舞台の幕が静かに上がるように、夜がぴんと張り詰めた。
◇
女は、琵琶を持ち立ち上がった。
ひらり
袖を払うように手をのばし、宙に語る。
──聞きたいか。
鬼たちよ、聞きたいか。
では、語ってやろう。
福知山の……哀しき太鼓の怪異を──
◇◇◇◇◇
昔むかしの、そのまた昔。
福知山の奥、由良川のほとり。
柳の並ぶその岸辺に、一人の若者がおりました。
名を、太一と申す。
母と二人で暮らし、川漁で糧を得る、慎ましき男でございます。
太一は働き者。
村の者にも慕われ、母にも孝行な立派な若者──
で、ございましたが、
ある日、川から
どんぶらこ
どんぶらこ
流れてまいりましたのは──
たいこ。
そう、漆塗りの、小ぶりの太鼓。
黒光りする胴に、金の縁。
見れば見事な逸品。
だが、川のどこにも、そんなもの落とすような舟は見当たらず、
村人は首をかしげた。
「こりゃあ平家の落ち武者が残した宝かもしれん」
「手を出すでないぞ、祟りがある」
口々に言う村人をよそに、太一はその太鼓を拾い上げ──
家に持ち帰った。
それが、はじまりでございました。
◇
太鼓が来てからというもの、太一は毎晩、太鼓を打つようになりました。
といっても、賑やかなものではございません。
夜ふけて、灯も絶えた頃──
ぽん……
ぽん……
川辺に響く、その音は
まるで、胸の奥をつかまれるような、
悲しみを絞り出すような……
ぽん……
……ぽん……
村人は不気味がりました。
母も止めました。
けれども太一は、まるで何かに憑かれたように、太鼓を打つのをやめませなんだ。
そして──七夜目の晩。
◇
ぽん……
……ぽん……
風がざわめき、川が泡立ち、
太鼓の音に合わせて、何かが──
ぬらり
水面から、現れた。
それは、赤く爛れた顔。
黒髪を振り乱し、
甲冑をまとい、目を爛々と光らせる──
落ち武者。
ずぶり
ずぶり
泥のように歩み寄り、
太一の背後に立つ。
……しかし太一は、気づかぬ様子で太鼓を打ち続ける。
ぽん……
ぽん……
ふと、落ち武者が口を開く。
「その太鼓……我がものぞ」
太一は、ようやく手を止め、振り返った。
そして、にこりと笑う。
「違う。これは、俺の太鼓だ」
……その瞬間──
バン!!
太鼓が裂け、中から
血のように黒い水が噴き出した。
ぎゃあああああ
叫び声とともに、太一の身体は宙に舞い──
ばしゃり
と水に沈んだ。
◇
それからでございます。
夜な夜な川辺にて、
聞こえてまいりますのは……太鼓の音。
ぽん……
……ぽん……
ある者は、その音に誘われて川に入り──
戻らず。
ある者は、夢にて太鼓の音を聞き──
翌朝、鼓膜が裂けていたと申す。
そして今宵も──
ぽん……
ぽん……
◇◇◇◇◇
女は語りを終え、桜の花びらをひとひら、指先でつまむ。
「……太鼓は、まだ、鳴っているのさ」
ひゅううううう……
風が吹く。
ざあああああ
桜が、舞う。
その音に誘われて、鬼たちは笑った。
がはは
ぎゃああ
ひひひひひ……
百鬼祭の幕が、上がる──
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