一日置きの彼女 第3章「境界」後編
「殺したのは、私ではない私。」
「境界」⑤
「どうぞ、お入りください」
鑑定室の扉を開け、冴子が連行されてきた。白いシャツにグレーのカーディガン、下は病棟支給の無地のパンツ。髪は肩で揃えられ、前よりも整って見えた。
椅子に腰かけると、冴子は小さく微笑んだ。
「先生、こんにちは。……今日も、同じ夢を見たんです」
高山は頷いたが、内心では“夢”の内容よりも、冴子の落ち着きに注意を向けていた。
彼女は初対面のときと比べ、明らかに表情が柔らかくなっていた。
だが、それは改善ではない。どこか“調整されすぎている”。
「どんな夢でしたか?」
「いつもの部屋で、のぞみが一人で遊んでいるんです。積み木を黙って並べていて……私は声をかけようとするんだけど、声が出ない。ずっと、のどの奥が塞がっていて……」
冴子はそう言って、胸に手を当てた。
「……目が覚めても、その感覚だけが残ってるんです。まるで、私が何か大事なことを喋ろうとして、できなかったみたいな」
高山は、日記に挟まれていた紙片の言葉を思い出した。
《先生が信じてくれるなら、私は黙っていられる》
「冴子さん、あなたは……喋れないのではなく、喋らない選択をしているのでは?」
冴子の目が、一瞬だけ揺れた。
「……どういう意味ですか?」
「あなたは、自分のなかに“別の人格”がいると語った。でも私は、それを演技だと考えている。あなたが、自分を守るために作り出した“演技”。そして、のぞみさんを殺したのは、その“演技”の裏にいるあなた自身です」
冴子は目を伏せ、少しだけ口角を上げた。
「……それでも、先生はまだ、私を“信じたい”んですね」
「信じたいとは言っていない。事実を、見極めたいだけです」
「事実。そうですね。……事実なら、のぞみの遺体を見ればわかりますよ」
高山は顔を上げた。
「──何が、わかる?」
冴子は言葉を返さなかった。ただ微笑みのまま、視線を逸らした。
言葉のない間が、二人のあいだに落ちた。
その空白のなかで、高山の背中に、ぞくりと冷たいものが這い上がるのを感じた。
彼女は、確実に何かを知っている。
そして、それを「喋らないこと」そのものが、彼女の語りになっている──。
沈黙こそが、最も強力な言葉であるかのように。
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