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見返り鬼譚《耳あり芳一外伝》【第六夜】角一と彦七の忠義(連作短編)

清閑寺の女が語る、夜ごとの鬼譚。
語られるのは、祇園に生きた誰かの結末――
けれどその結末は、ひとつではない。
同じ怪異、異なる結末。
読み手の耳に委ねられた真実。
『耳あり芳一』外伝 “見返り鬼譚”、ここに開帳。


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第六夜 角一と彦七の忠義 其の一




──さて、さて。

今宵お語りいたしますは、ひとつの忠義の話。
されどその忠義、果たして幸か不幸か──それは誰にも言えませぬ。

人はいつも、選びながら生きております。
進む道を、言葉を、そして……命の使いどころを。

けれど、まれにございます。
選ぶ余地などないように思える道。
ただ、ひとつを信じて、進むしかなかった道。

──それでも。
もし、どこかで立ち止まり、別の一歩を踏み出していたならば。
その先にあったものは、果たして──。

ふふ、それは、語り終えてからのことにいたしましょう。

名をば、角一と彦七。
武蔵国に仕えし下知役のふたり。
この者たちの忠義の道、どうか皆さまの耳にてお確かめくだされ。

……どうぞ、長き旅路の一節を、お付き合いくださいませ。

まずは春まだ浅き武蔵の山里より──

ポロン。





まだ土に霜が宿る、春の兆しの朝。
武蔵国の山里では、風がやけに静かであった。

ある農夫が畑の縁で鍬を入れると、べちり、と異様な手応え。
掘り返された土の中から現れたのは、腹の膨れた死人の姿。

顔も服も凍りつき、まるで石仏のようでありながら──
その腹だけが、膨張して今にも弾けそうであった。

噂はすぐに広がった。

「今月で三人目じゃ」
「夜になると犬が吠えん。鴉の鳴き声も聞かんぞ」
「……風が、西から吹いとる」

村には、目に見えぬ気配が漂い始めていた。

その頃、山間の街道を一騎の馬が進んでいた。

騎乗していたのは、陰陽師・土御門晴々(つちみかど はればれ)。
白磁の肌、涼やかな目元、年若くも、静かな気を纏う法の人。

彼は馬を止めると、山風を受けて静かに目を閉じた。

懐の中、折り紙の鶴がかすかに震えていた。
それは、人に見せるためのものではない。常に己の傍に在る、密かな式。

「……西の遥かなる地、かの封印が……解けたか」

かつて、百本の矢にて封じられた地がある。
忌まわしき呪いの源。
それが、いま再び、瘴気を風に乗せて東へと流し始めていた。

晴々は口を結ぶと、馬に軽く拍車をかけた。
向かうは、武蔵国の館──北条義信のもとである。



館の広間にて、北条義信が待っていた。
晴々が着座するなり、義信は問うた。

「やはり……封印が?」

「はい。西の地より、断続的に呪気が漏れ出ております。
それが風に運ばれ、この地へも届き始めた。
近頃の異変──腹の膨れた死体、犬の沈黙、鳥の消失。すべてその兆しです」

義信は膝に拳を置き、黙した。

「……京の八坂神社、その周囲には八つの社がございます。
そこに残る古き護符を、すべて集め、武蔵の地にて封じ直すしかありません」

「封じの場は──」

「大國魂神社がよろしいでしょう。地の力も、結界の交わりもございます」

「間に合うのか? 祭までに、すべての護符を揃え、ここまで戻るとなると……」

「容易ではありません。ですが、日数を区切らず、走れる者が動けば、可能はございます」

義信はうなずき、奥へ声を放った。

「角一、彦七──入れ」

畳の奥、障子が開いてふたりの男が姿を現す。

ひとりは、角一。
長身で背筋を正し、鋭い眼差しを持つ。
腰に打刀を携え、静かに立つだけで場の空気が引き締まるような男。
言葉少なにして忠実、けれどその沈黙の奥には、揺るがぬ信念が宿っている。

もうひとりは、彦七。
角一よりも小柄で、肩の力の抜けた立ち姿。
背には短槍、口元には常に笑みが浮かび、
武士の礼を守りつつも、言葉にはどこか軽やかさがあった。
堅苦しさを嫌う風だが、その目は常に周囲をよく見ていた。

「ふたりとも、北条家の下知役にして、最も信を置ける者たち。
足も速く、心も強い。馬の扱いも心得ておりましょう。
晴々殿、いかがか?」

晴々はふたりを見やり、静かに微笑んだ。

「この命、託すに値するおふたりとお見受けいたします。
旅の先に待つのは、鬼火と瘴気に満ちた闇。ですが、あなた方なら──」

角一が深く一礼し、静かに答える。

「命に代えても、果たしてみせましょう」

彦七もにやりと笑い、

「なんの、鬼より怖い女房をもらっておりやす。
……行きますとも。護符、八枚。きっちり拾って戻ってきますぜ」

晴々は懐からふたつの布包みを取り出した。

「これは、祓い札。夜の川辺、風の止まる道には、とくにお気をつけください」

角一と彦七は、包みを丁寧に受け取り、腰に収めた。

北条義信は、静かにふたりを見やりながら、こう言った。

「この旅、祇園祭までに間に合えば良い。
だが──無理をするな。……いや、無理をする使命だな」

彦七が小さく笑い、角一がうなずく。

そして、ふたりは館をあとにした。
用意された馬の背にまたがり、無言で手綱をとる。
春まだ遠き山風が吹き、背には梅の香がかすかに流れていく。

彼らが見据えるのは、東ではない。
西──呪いの源へと続く道であった。




──さて。

忠義とは、与えられるものではなく、選ぶもの。
誰のために命を使うか、それを決めるのは自らの心でございます。

このふたり、角一と彦七。
これより始まる旅路が、どんな道であったかは──

......ポロン。


また次の語りにて、お目にかかりましょう。




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