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小説『Snowdrop Surfer』第十一話:【過去の生贄と、仕組まれた無理ゲー】

(簡単なあらすじ)
理不尽な左遷により、北海道の赤字企業で四刀流の過酷な新社長業に奮闘する元芸人、トップセールス・佐々木真二郎。

前回、社員の反発、権田の理不尽な要求、雪明グループの圧力という「三重苦」に限界を迎える真二郎。絶望しかけた彼の前に、大阪時代の恩人・松原が現れる。松原は権田が過去に雪明とトラブルを起こしていたことを示唆し、心強いブレーンとして真二郎の窮地を救うべく動き出した。(第十話)

【前回】


第十一話:【過去の生贄と、仕組まれた無理ゲー】

次の週のある夜。
社員たちが帰り、古びた石油ストーブの燃焼音だけが響く静まり返った札幌の事務所で、
松原さんはいつもの飄々とした笑顔を消し去り、低い声で切り出した。

「……サーさん。えげつない話やで」
松原さんは、コートも脱がずに俺の向かいのパイプ椅子に深く腰を下ろした。

「東京と大阪で、当時の関係者を何人か洗ってきた。
……権田の野郎、昔、雪明グループと『相当ヤバいトラブル』を起こしたらしい」

「ヤバいトラブル……?」

「ああ。具体的な内容までは流石に口が堅くて掴めんかった。
……ただな、雪明側は激怒して、来輝らいきは出入禁止
……事実上の永久取引停止を食らったんや」

「でも、権田は今も本社の部長の椅子に座っています。何のお咎めもなく」

俺が事実を口にすると、松原さんは吐き捨てるように言った。

『坂本』覚えとるやろ?

「坂本?
いたような…...」

「不器用なやつやったけど、まっすぐなやつやったから
飲みに行ったりしてかわいがっとったんや」

人が好きな松原さんらしい

「権田は雪明と揉めたんを全部、
当時の部下だった『坂本』のせいにしたんや。

『あいつが勝手にやったことです』ってな。
坂本は、泥を全て被らされて、会社を追われるように退職していったわ」

「でも、そんなこと、坂本が口を開いたら普通......」

「なぜかはわからない、
坂本は濡れ衣を着せられて、表向きは円満退職だが、
ほぼクビのような形で辞めさせられたんや」

「そういえば、なんか、
『あいつ病気だから使いもんにならん』
みたいな話 当時聞いたような気が...…」

「それや!
病気が理由で辞めさせられたかはあまり公にはなってない。
全て内密に行われたんや。」

静寂。
ストーブの音だけが、室内に響く。

権田は、己の保身と出世のために、
過去に一人の人間の人生を平然と生贄にしている。

そして、その過去の汚点を隠し持ったまま、
のうのうと本社の部長として君臨し、
あろうことか俺に「雪明との関係を修復しろ」と命じているのだ。

「……松原さん。教えてくれて、ありがとうございます」

「サーさん、気ぃつけや。あいつは、そういう男や」

底知れぬ悪意の深さに寒気を覚えながらも、
俺は、腹の底にある『炎』が、静かにしかし鋭く燃え上がるのを感じた。


翌日。俺は会議のため、数ヶ月ぶりに東京本社へと足を踏み入れた。

大理石の床を叩く革靴の音が、やけに冷たく、無機質に響く。

すれ違う社員たちの顔には、
北の現場で日々泥を這うような熱量や焦燥はない。
ただシステムの一部として、完璧に統制された空気がそこにはあった。

エレベーターホールへ向かい、到着を告げる電子音が鳴った、
その瞬間だった。

「おつかれさまでーす!!佐々木課長っ!」

ビルの冷たい空気を弾き飛ばすような、聞き覚えのある声。
振り返ると、少しサイズの合っていないスーツを着た田脇が、
大阪時代と変わらない屈託のない笑顔で走り寄ってきた。

「田脇……! お前、東京にいたのか」

「ええ、今年から本社です!
関西での数字を評価してもらえたみたいで。
今は大手重要顧客を回っています」

彼とは、大阪でよく飲みに行った。

時に愚痴をこぼし、時にくだらない冗談で盛り上がり、
互いに数字の重圧で苦しんだ夜を支え合った戦友だ。

真面目で、コツコツ型。
そして何より『倹約家』を通り越して、
後輩と飲みに行っても「一円単位まできっちり割り勘にする」
というドケチ伝説を持つ、少し変わった男。

だが、その真っ直ぐすぎる不器用さが憎めない。
田脇は、間違いなく『いいやつ』だった。 

「田脇!今夜、空いてる? 久々に飯でもどう」

「行きます! 絶対行きますっ!!」

その夜。
新宿のガード下。焼き鳥の煙と、ジョッキがぶつかり合う喧騒の中、
俺たちは久々にグラスを交わした。

「シンさん……今日、割り勘じゃないですよね?」

ジョッキを両手で包み込むように持ちながら、
田脇が おずおずと上目遣いで聞いてくる。

「俺がお前に金払わせたことあるかよ。アホかお前は。笑」

昔話に花が咲く。

大阪の殺人的な夏の湿気。
ゲリラ豪雨の中で靴をダメにしながら回った営業。
数字が未達で、二人して凍りついた決算前のあの夜……。

思い出話に花が咲くほど、
俺の心にある「冷たい氷」が少しずつ溶けていくのを感じた。

だが、笑い合っている田脇の表情の裏に、
ふと、薄暗い影が落ちるのを見逃さなかった。

「どうしたんだよ。お前らしくないな。
東京で関西人パワー、見せたれよ」

田脇はジョッキの縁を指でなぞり、
周囲の喧騒に紛れさせるように声を落とした。

「……でも、東京は権田さんが……」

その名を聞いた瞬間。
俺の胸の奥で、冷たい泥が鈍い音を立てて跳ねた。
昨夜、松原さんから聞いた『坂本』の話が脳裏をよぎる。

田脇の肩が、微かに強張っているのが分かる。
俺が受け続けているあの不条理の毒牙に、
彼も今、この東京で晒されているのだろう。

だが、田脇はすぐに顔を上げ、明るい声で仕切り直した。

「そ、それよりシンさんはどうなんですか? 
札幌は! 美味しいもの食べて、
パワフル社長って感じですか!?(笑)」

その無理に作った笑顔を見て、俺は小さく息を吐き出した。
後輩の前で弱音は吐きたくなかった。
だが、誤魔化すのも誠実じゃない。

「いやあ、それがさ……」

俺は、グラスの水滴を拭いながら、現状をありのままに話した。

ホクセイ産業の社員たちからの反発と、小島の陰湿な妨害。
雪明グループという、絶対に越えられない巨大な壁。
そして、過去から続く権田との遺恨。

複雑に絡み合った『三重苦のパズル』を全て話し終えると、
テーブルには重い沈黙が落ちた。

田脇は、串を置いたまま、ぽつりと言った。

「……それって、もう無理ゲーじゃないですか」

「……」

「事前に、知っていたんですか?」

「いや……」

俺が首を振ると、田脇の表情から完全に愛想笑いが消えた。
彼は身を乗り出し、確信に満ちた声で囁いた。

「それは、謀略というか、罠というか……」

新宿の喧騒の音が、遠ざかっていく ─── 

「シンさんが功績を上げれば、手柄は権田部長。
できなければ……
全ての責任をシンさんに被せて、切り捨てる」

まさに、田脇の言う通りだった。
点と点が、雷鳴のように音を立てて繋がっていく。

ガード下に響くけたたましい轟音だけが、耳の奥で鳴り響いていた。

北海道への異動。四刀流の激務。権田の無責任な丸投げ。
なぜ、あんな絶望的な状況に一人で放り込まれたのか。
そして、昨夜聞いた『坂本の悲劇』。

俺はその瞬間、改めて理解した。

これはミッションなんかじゃない。
期待でもない。左遷ですらない。

最初から、仕組まれたシナリオなんだ。
かつて坂本を生贄にした権田が、今度は俺という人間を、
確実に、そして合法的に『潰す(生贄にする)』ために用意した、
完璧な処刑台。

焼き鳥の煙が目に染みる。
俺は、手元のジョッキを、割れるほど強く握りしめた。

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