そのキャップは山となり、ワクチンになる
近頃、5歳の娘はペットボトルのキャップに人生を捧げている。
我が家ではペットボトルの中身を飲み終えると、娘がそっと近づいてくる。
そして「そのキャップ捨てないでね」と、ボソッと言い残し去っていく現象が多発している。
ペットボトルのキャップには、企業ごとに独自の多種多様なデザインが描かれている。
何かと収集好きな娘の心がくすぐられたのも、分からなくはない。
最初は少量だったキャップも気付けば大量。
『塵も積もれば山となる』という諺が本当だということを、目の前のキャップたちに見せつけられている気がする。
途中から「こんなに集めて最後どうするんだろう」という身も蓋もないようなことを考えていた私は、ママ友たちとの井戸端会議で目から鱗な話を聞いた。
"ペットボトルのキャップは、ワクチンとして寄付できるよ"
私は知らなかった。
「世の中にはリサイクルできるものがある」くらいの知識で、ペットボトルのキャップがワクチンの寄付に繋がるなんて全然知らなかった。
あんなにキャップが溢れ返っているというのに。
夫、娘、キャップと暮らしてると言っても過言ではないのに。
こんなにキャップに無知な自分が情けなくなった。
詳しく聞くと、キャップを薬局やスーパーなどに設置されている回収ボックスに持っていけば、集められてリサイクルされる。
その収益の一部がワクチンの製造と輸送に充てられるとのことだった。
日本では当たり前のように打つことのできるワクチンだが、世界では打てない子どもたちもいる。
国は違えど同じ母親である。
自分の子どもがワクチンを打てず、恐ろしい病気に罹るかもしれない不安は計り知れない。
キャップをリサイクルに出すことで、そういった環境にいる人たちへワクチンを届けることができるのだ。
娘にその事実を伝えると驚き、そして喜んだ。
「じゃあ、わたしの集めたキャップで誰かを助けられるかもね!」
ペットボトルのキャップはゴミだ。
しかし見方を変えれば、誰かの未来を繋ぐワクチンの素になる。
そんなことを普段の生活でほんの少し意識することで、見たことも会ったこともない誰かに届けられるものがある。
最初は娘の趣味から始まったキャップ集めに、小さな羽が生えた気がした。
娘が山ほど集めたキャップはいつか、同じ世代の未来を担う子どもたちへ。
私たちが何気なく手にしているペットボトルには、きっと飲み物だけでなく、そんなロマンが詰まっている。


