RUST : 直感の反乱 17~28
17
リナは、自分の掌の上、ラストオレンジのドローンを見ていた。
鉄男から連絡が入った。大阪府警の亀田が病院に幽閉されていて、薬漬けにされていると。亀田はハーバーに監視されている時、息子の泰路(たいろ)と口論になったらしい。以前から日本の監視システムの広がりには批判的な泰路は、このまま社会が進めばいいことにならないと、父親に訴えていたらしい。泰路はアメリカ留学中に新しい思想『ウニヴェロジー』に出会った。監視され管理される世界では、人は自分の直感を裏切るようになる。AIの進化と合わさり危険な状態になる。その泰路の考えが亀田に影響し、立場とのジレンマに陥らせていた。急に部下を怒鳴ったり、黙り込んだり、精神が不安定になっていた。体制に対する批判的な言動も増えてきた亀田に、危機感を抱いた警視庁は、亀田を幽閉し、ハーバーを攻撃するプロパガンダに利用することを決定した。
大阪けいさつ病院に入院した父親に、泰路は会うことはできなかった。電話での会話も許されなかった。会えない理由を聞いても、治療のためとしか教えられない。そして、泰路も監視対象になり、いつも誰かの視線を感じた。
泰路は、ハーバーへ連絡を取ろうと動き出した。
勇人たちは、下北沢の教会を出ていた。トウイから漏れることを警戒して。
そして、リナはアメリカのタブロイド紙『ザ・ベイル』の表紙になった。日本では、リナに対する見方は二分されていた。敵か味方か。テレビや週刊誌などは概ねハーバーやリナには否定的な論調を張った。そのプロパガンダは徐々に浸透していった。
18
トウイが泳がされた。土曜日に釈放された。他の3人はまだ拘留されていた。
トウイは尾行に注意して下北沢に向かった。リナと一緒に行った、あの教会へ。
GPSは? 盗聴器は? 駅前のショッピングセンターのトイレに入って確認した。慎重に探したが見当たらなかった。なぜ自分だけ。でも、リナに会いたい。尾行はない。盗聴もない。もう下北沢まで来ている。一目でもリナを見たい。大丈夫だろうか。リナの髪に手に触れたい。
教会の所まで来てしまった。前で立ち止まった。そして一歩踏み出した時、3台の警察車両がトウイを取り囲んだ。
「逃げろー リナ 逃げろー 」
トウイは拘置所に戻され、泣き、わめき、暴れ、看守に嚙みついた。殴られ、鎮静剤を打たれ、拘束衣を着せられた。体中が軋む。リナの顔が思い出せない。思い出そうともがいても、顔が崩れていく。ワンピースのサビ色だけ分かる。世界には、それだけが残る。涙が流れる。孤児院で園長先生を探している。大声で叫んでも見つからない。自分がどんどん小さくなっていく。戻っていく。そして、なにも音が聞こえなくなり、トウイは静かになった。
それから2日後、亀田の自殺が報道された。入院中の病室で。ハーバーの監視が主な原因でうつ病が発症して入院していたが、看護師が目を離した隙に首を吊ったと。そう発表された。
テレビ、新聞、雑誌、すべての報道機関がハーバーについて報道した。そのすべては警視庁発表。まったく同じタイトルがメディアに躍った。『ハーバー被害 ついに人命を奪う』
テレビではコメンテーターが台本を読んだ。週刊誌は過去の反政府運動との共通点を強調した。
動けない状況を作り出された。ROSTの4人には悪いが助ける手立てがない。もちろんトウイの状況も把握していた。すべて教会の防犯カメラの荒い映像で見た。そして、鉄男からはトウイの状態も。リナは両手を強く強く握りしめた。トウイをこんな目に合わせたのは自分のせいだ。裏切りがあった時に別れておけばよかった。自分の弱さが、トウイを必要とした。震える肩を友里が抱いた。リナは友里の胸で大声を出して泣いた。
外は雨が止んだ。雨の匂いは残っていた。あの日も、ライブの予定だった日。すべては、あの日から歪みだした。ドローンは飛んでいない。空はこんなだったんだ。取り戻さないと。トウイのためにも。
19
勇人はスティーブから紹介された政治家の秘書に会っていた。
インセプションのデカプリオみたいなスーツを着てるなあ。と勇人は思った。
「私たちも監視システムが完成するのは 好ましく思っていません 」
ヤンググローバリスト。そして、ジャパンハンドラーとして行動を指示されている。スティーブからの説明ではそのような政治家の秘書。
「だからと言って 公に 反対はできません 」
「つまり 行動しにくくなると 」
秘書は返事はしないで、窓の外を見た。
「インフラとしての監視システムは 同時に 社会の弊害でもある それが 先生の 考えです 」
「なぜですか 」
「なぜでしょう 」
「いずれは 政治家も 監視の対象になりかねませんものね スパイ防止法も出来そうですし 」
「まあ 出来る範囲で 情報は流します その代わり こちらの希望するターゲットを 来る時が来たら しっかり追ってくださいよ 」
勇人は目をつむり、頷いた。
秘書は時計を見て立ち上がった。
壁には『見義不為、無勇也』の文字があった。
相互利益の取引だ。リナには早いかな。勇人は霞が関から、新しいアジトになっている成城の教会に戻ることにした。仕掛けられたGPSに気が付かなかった。
20
鉄男から情報が入った。体制側は、ハーバーのアジトの調査は難航している。そこで、協力的だったユーチューバーを大量検挙して、追い込んでいこうという作戦を取るようだ。それを事前に検挙候補者に知らせて、隠れさせておくのはどうだろうか? それらが地下から配信できるようにサポートしてやれば面白くないか。
早速、行動することにした。検挙予定人数は10人。多分、金で買収できなかったユーチューバーたちだろう。検挙から逃げたのではなく、一時行方不明となるように事前の準備と口裏合わせは念を入れた。
それでも逃げるのを躊躇した3人は検挙された。不当検挙の訴えはプロテストとしてデモ行進された。それの背景には、一人の自殺者がいた。検挙された一人の祖母が電車に飛び込んだ。ホームには買い物袋が転がっていた。SNSでは、炎上したが、メディアは関係性を伝えなかった。
そして地下に潜った7人は別アカウントで発信できるように鉄男が協力してくれた。その上、アメリカの有名ユーチューバーとのコラボ動画も発信できるように段取りしてくれた。英語ができる2人がそれを実行した。
体制側を手玉に取った『作戦・は』がネット上で再び炎上し始めた。『サビ色のワンピースの女』が話題に上がりだした。アメリカでもやりたい。教えてくれというニーズが増えてきた。それには当事者のスティーブが対応してくれた。
一方で、ドローンの規制は国土交通省と警察庁、総務省が関係している。政府は閣議決定で迅速に法制化してきた。これには国民をはじめ、メディアからの反発も大きかった。一時期減っていた『虫取り』が、増え始めていた。また、コストを抑えて作れるようになったので、回収しないで警察署や関係官庁などに落とす『鉄砲玉』のいたずらも流行り出した。これは政府の『偽旗作戦』を招くことになった。『鉄砲玉』を自らが飛ばし、けが人が出たと嘘の情報をメディアで流した。それで世論を味方に付けようとした。はじめは功を奏したが、鉄男のハッキングでそれも白日の元に晒され、政府は信用を落としていった。が、オールドメディアしか見ない層には広がらなかった。
21
その夜、成城の教会に亀田泰路がやって来た。アメリカ留学中にスティーブと『ウニヴェロジー』の集会で出会っていた。
事情を説明した泰路は、少し後悔しているような表情だった。話過ぎたか、そんな表情だ。
「大変よくわかりました 理由はともかく 私たちが お父様を ターゲットにしたことが すべての 始まりです それでも こうして来てくださった そして 協力まで 申し出てくださっている 感謝します 」
「先ほども 申しましたように 日本は発展の方向を 間違いそうです このままでは ディストピアに向かいます それは 私が導きたい方向ではありません 今は協力し合う時だと思います よろしくお願いします 」
その夜は遅くまでいた。
友里は泰路に好感を持ち、トウイと比べた。リナは、泰路の横顔を見ていたが、正義過ぎる。信じにくい。言葉とは裏腹に体温を感じない。リナの直感がそう囁いた。
灰色の霧が掛かっていた。すると真っ白な仮面を被った人がたくさんやってくる。リナが来た方角へ走っていく。空の大きな二つの目がリナを見ていた。なんの感情もない目が。下を見ると、足が沈んでいく。つま先から、動かせなくなっていく。全身、内側から錆び付いている。関節から、サビ色の液体が漏れ出してくる。歯ぐきから液体が流れ、鉄の味がした。瞼も閉じれなくなって、目の前がすべてサビ色になった。
そして恐怖で叫んで、目が覚めた。
まだ夜明け前だった。びっしょりと汗をかいていた。。
そして、夜明け前に警察隊は、教会を取り囲んだ。
22
一階で眠っていた勇人はカーテンの隙間から外を見た。黒い影が4人。
「イタチかな 」
机の下のボタンを押した。とほぼ同時に、サーチライトが点いた。朝焼けが暗くなるようだ。教会の周りは包囲されているだろう。門をこじ開けて雪崩れ込んできたのは、自衛官のようだ。
「あら 大勢で お越しだ 」
防犯ベルを押した。その音は不穏な空気を生み、ガラスが割れる音がそれを煽る。
勇人は落ち着いて、法衣と正装のガウンに着替えた。ドアを開けて外へ出た。防犯カメラが動いているのを確認できた。自衛官たちは有無を言わさず勇人を捕らえた。
勇人の知らせで、地下1階で就寝していた友里とリナは、地下2階の多目的ホールから、壁の裏に隠された地下道へ急いだ。
「自衛隊が出動とは 穏やかでは ありませんね 」
彼らは、一言も発せず、護送車に勇人を押し込んだ。汗臭い中に、怒りの匂いが混ざっていた。
勇人の周りだけだれも話さない。離れた場所では、無線や怒鳴り声やぶつかり合う音が、海底から聞こえてくるようだ。
友里とリナは丘を少し下った民家の地下室へ出た。庭に真っ赤な山茶花が朝日に照らされていた。二人はそれが永遠に続くように感じた。リナは電動バイクで逃走した。まっすぐ行くリナを見送って、友里は力いっぱいロードレーサーのペダルを踏んだ。
リナは朝焼けの中を南へ走った。表情がない。子供の頃の、牧師の両親の顔を思い出した。どうしてあんなに感情を抑えられたのか。それが今、分かったように思った。
23
防犯カメラの録画は、スティーブと権田に、ほぼリアルタイムで共有された。鉄男は自力で確認した。
友里は霞が関へ向かった。
勇人から聞いていた、あの政治家の秘書を、直接、事務所に訪ねた。
「朝一番に 連絡がありました そして 奥様が 今 ここに いらっしゃる 正直 驚きました 」
友里は、お茶のお代わりを頼んだ。
秘書は、それをゆっくり飲む友里を、黙って見ていた。
「それも 主人から 聞いていました 」
壁を指さした。『見義不為、無勇也』
秘書は友里を奥の部屋へ案内した。
リナは青葉台へ来ていた。
「権田さんから 連絡がありました 大丈夫ですよ 」
リナは風呂に入って、少し休みたいと、青葉台の主に頼んだ。
シャワーを頭から浴びて、バスタブの中、座り込んだリナの目は、熱を帯び、前を睨んでいた。
いつも父と母を頼りにしていた。それじゃあ、ダメなんだ。
私が力を持たないとダメなんだ。
勇人は、警視庁の地下にある拘置所らしきところに入れられた。
かなり特別扱いだ。敵の焦りが見える。誰が出てくるかな。勇人は楽しもうと考えていた。
そして、二日間、だれも勇人の取り調べに来なかった。弁護士は呼べるかと聞いたが、返事はなかった。
どうするか揉めているのか、それとも消されるか。それとも・・・ まあいいか。勇人は寝ころんだ。
24
「議員会館も 盗聴に 気を付けないといけません 」
とても事務的な雰囲気の部屋だ。パイプ椅子と事務机。
「それで 」
秘書は、友里の言葉を待った。
友里は、秘書の目をまっすぐに見た。
「すこし 待ってください ご主人の様子を確認して お伝えしますので 」
友里は、目の力を弱めて秘書を見た。
「アメリカにも 相談してみましょう こっちは 時間が 掛かるかもしれません 」
友里は、霞が関の部屋を二つ借りていることを、秘書に話した。その名前も。
秘書はスマホを操作した。
「私たちより インターナショナルだ 上海大学ですか 」
友里は、目を見たが返事せずに、車を頼んだ。
それ以上、秘書は話さなかった。
友里は、リナが静かに逃げ延びることを願っていた。
スティーブと鉄男から、同じ内容の連絡が、霞が関のアメリカサイドの事務所に来た。
『ウニヴェロジーのトップが日本へ行く。』
そして、その日のうちに、亀田泰路から会いたいと連絡があった。
友里は、指定場所に急いだ。コートの下に、法衣を着て。
リナは、青葉台の主と昼食を取っていた。
「で これから 私たちが お手伝いすることは 」
「警視庁に プレッシャーを 掛けたいんです 」
主は、一瞬、驚いた表情になったが、下を向いて、
「分かりました 少し動いてみましょう あの二人の学生も使ってもらって結構です 」
いつの間にか、黒縁の同じような眼鏡を掛けた学生と呼ばれた男性が二人立っていた。
もう友里に頼れない。自分の決断がすべてだ。両親はこの日のために教育してきたのだから。
主に丁寧に礼を言い、青葉台を出て、NPに連絡を取った。
25
NPは、会いたくないと言ってきた。
「あぶない 」
連絡もしてくれるなと。でも一つだけ、最後に手伝ってあげる。お遊びだけど、攪乱と陽動作戦になる。
NPは2日後に作戦を決行した。それをあの二人の黒縁眼鏡の男性に手伝ってもらうことにした。タイミングはドンピシャだった。
リナ自身は、下手に動かなかった。鉄男に掴んでいる情報を教えてもらおう。
・・・・・そして、事態が進んでいることに驚いた。
友里は、日本で一番大きなプロテスタントの教会にいた。
泰路は、大柄の白人の紳士と待っていた。
「ご紹介します ミスター・オーエンです ウニヴェロジーの 創始者です 」
しまった。調べておくべきだった。
「実は ハーバーのことに 興味を持っておられまして 」
友里は、身構えた。
「なぜ ウニヴェロジーの 創始者が プロテスタント教会に 」
「アメリカ国内のバランスですね 簡単に言うと ぶつからない者同士は 引っ付きやすいんです 」
そして、勇人と会う予定だ。と言ってきた。
「明日 警視庁へ 行くので ご同行をお願いします 」
友里は、大きく目を見開いて、オーエンを見た。
オーエンは、やさしい微笑みを浮かべた。友里は、苦手な笑い方だと心の中で思ったが、笑顔を返した。
「ありがとうございます ご同行いたします 」
別れ際、オーエンは、法衣がよく似合っていると、流暢な日本語で言った。
泰路は、リナはどうしてるか聞いたが、友里は答えなかった。
26
そのラストオレンジの小さなドローンは、警視庁の上空に現れた。午前9時9分9秒、ドローンは急降下した。早い。玄関扉が開いた瞬間、1階のメインフロアーに滑り込んだ。そして、天井付近を8の字を描いて飛行し出した。微妙に上下して。捕まえようとした者もいたが、爆発物であったら危険だと、全員を退避させ、監視カメラで見張ることにした。15分が経った。しかしまだ飛んでいる。爆弾処理班が入って来た。ドローンは霧状のものを噴霧しだした。慌てた処理班は転びながらフロアを出た。10分後、ドローンは着陸した。ガスマスクをした1名が鳥籠を持ってフロアに入ってきた。安全を確認した後、マスクを外した。いい匂いがしていた。『生命の喜びが溢れる』と比喩された香水だった。
その情報はアメリカ大使館にも入った。警視庁長官名義で、来られるのは後日がいいのではないか。という内容だったが、オーエンは気にしないと言って、14時に到着した。
長官の部屋で、勇人は友里に再会した。友里は落ち着いた花柄のワンピースにベージュのコートを着ていた。足元のMiuMiuのパンプスを見て、勇人は微笑んだ。
身柄をアメリカに引き取りたい。それがオーエンの希望だった。日本側は、ほぼ命令と受け取った。
数日中に、準備を終わらせるように。オーエンは返事が帰って来るまで、長官を睨みつけた。
部屋を出たオーエンと泰路は、1階フロアで、香水の香りを嗅いで、顔を見合わせ、親指を立てた。
「ハーバーは 面白いね 」
勇人の待遇は変わり、二日後には、アメリカ大使館に二人はいた。
「なるように なるよ でも リナが心配だ あの子は直感で動きすぎる 」
勇人は悲しい目で友里を見た。友里は眼差しの中に、少しの後悔があることを見た。
27
車がリナを迎えに来た時、リナの姿はもうない。すべての情報は鉄男から入っていた。
「悪いけど 私は アメリカに行かない 」
大阪に向かい、バイクを飛ばしていた。
ROSTの4人も釈放された。そのほかのユーチューバーも。ハーバーのこともメディアに上がらない。過去のものになりつつあった。
髪をベリーショートにして革ジャンにデニム。だれも『サビ色のワンピースの女』とは思わない。
昨日までの出来事が、何年も前の出来事のように思えた。
「どっかで 権田さんに お土産を買っていこう 」
しかし、大阪に着いたリナにイヤな情報が届いていた。NPが中国に送還された。
権田は、どうしょうもないよと、悲しく笑った。この人のこんな顔、見るとは思わなかった。
青葉台の主にも、おとなしくするようにと、警告が来たそうだ。
もう、トウイにも会うことはない。 私は、トウイを利用していたのか。自問自答した。バイクに乗るリナの頬を流れる涙が、それを否定した。
リナは、また行方不明になった。
それから1週間後、勇人と友里は、ロサンジェルスにいた。
「ハーバーという名前は使いません 名前は GORE ゴアです 」
オーエンは命令口調になっていた。横にはいつも泰路がいた。
「ハーバーの進化した形態が 理想です 暴力は暴力によって 潰されます 」
ハーバーの戦略を用い、敵対する組織を潰していった。
オーエンは泰路にも、監視を付けていた。
勇人と友里は、ゴアで活動しながら、日本の監視社会を終わらせる方法はないか。諦めていなかった。
リナの情報は入らない。無事を祈るしかなかった。
28
2年後、ウニヴェロジーと福音派が応援した政治家が、大統領に就任した。
そして、日本政府に対し、監視社会は、人道的ではないと圧力を掛けた。予算は大幅に削られた。しかし、監視者がアメリカに代わっただけだった。そして、泰路はジャパンハンドラーとして暗躍を続ける中、何者かにロサンジェルスで暗殺されていた。知りすぎた人間は消される。泰路は警戒していたが、自分の想像より早くその時が来た。すべてはオーエンの指示だった。
その間、中国は静観していた。が、浸透工作は地下で温存されていた。相変わらず、NPの消息は分からない。
リナの姿は、長崎の外海にあった。鉄男もそこにいた。鉄男は15名のホワイトハッカーのグループを束ねていた。リナは、秘密裏に新しくハーバーを立て直し、トップになっていた。二人は並んで、外海の海を見ていた。風は二人に優しく吹いたが、リナは、厳しい表情のままだった。トウイの顔も思い出せなくなっていた。
6月のじめじめした日、ニュースが飛び込んだ。ワシントンの高速道路で、トラックと乗用車が追突する事故があった。トラックは自動運転だった。二人の日本人と一人のアメリカ人が死亡した。勇人と友里、スティーブだ。病院に運ばれたが、そこで死亡が確認された。知らせを聞いたリナは、しばらく理解できなかった。なにかの音が聞こえていた。ギターのノイズか。「ああ、これで一人だ。」と思ったとき、なぜか涙は出なかった。
その前日、勇人たちは三人でワシントンの有名なレストランで食事をしていた。三人とも、アメリカに来て、すごく時間が経ったように感じていた。リナの話になったところで、スティーブが思い出話を始めた。『作戦・に』が、決行されずに、スティーブがアメリカに戻る前日の夜、リナと話をする時間があった。リナは自分の生い立ちと両親について思いを打ち明けた。自分は養子で本当の親を知らない。しかし本当の親より勇人と友里を愛している。彼らのためなら何でもできる。今の活動も、プロテスタントの教育と両親の愛により、生きて、役に立ちたいと思っている。でも、その活動も、本当に自分のものだと思えるようになってきた。だから、私は一人になってもこの活動を続ける。と。
聞いていた勇人と友里は、リナを巻き込んだことが正しかったのかどうか。実は今も悩んでいると、スティーブに打ち明けた。
・・・・・・・・・・・
両親の葬儀を終えたリナは、アメリカから戻ると渋谷にいた。頭上には、あのラストオレンジの小さなドローンが一機、音もなく旋回している。新しい計画の開始だ。
スクランブル交差点のど真ん中、見上げたリナは、そのもっと上空の、肉眼では見えない偵察衛星を感じた。世界は見えない所で静かに錆び付いていた。リナは髪をサビ色に染めていた。
