#39「期待という錯覚」母の記憶①
── 時が過ぎ
21歳の私は小さな息子と
小さなアパートで二人で暮らしていた
当時の生活は、正直きつかった
必要最低限のものだけで整えた部屋
無駄なものはひとつもなくて
必要なものだけで、静かに暮らしていた
母は私の住んでるアパートにたまに
ふいに現れた
(母紹介↓)
「お肉買ってきたよ」
百貨店で買った"高そうな霜ふり肉"を手に
ある日の夕方現れた
でも孫を抱き上げるわけでもなく
あやすわけでもない
産後も私は実家になんて帰っていない
それに「おばぁちゃんが泣き声で疲れるから」
と実家に近寄るのも拒んでいたくせに
一体、何しに来たのだろう⁈
溜まっていた洗い物を黙って片付けて
「体調、大丈夫?」と聞かれた
その一言に、ほんの少しだけ期待してしまった
もしかしたら変わったのかもしれない
── でも
帰り際
「あのさ、25万ある?
今さ、ダンスの講師をしてて
自分でパーティーを開くことになってさ
来月必ず返すから お願い!」

なんだ…
やっぱり、そうか…
このアパートを見れば
私の生活が苦しいことくらい
わかっているはずなのに
この肉も、洗い物も全部
ここに繋がっていたのか…
さっきまで
少しだけ温かくなっていた私の心はすっと消え
生活が厳しく『荒んでいた心』が
さらに、静かに荒んでいった

お肉も特別優しい言葉もいらない
でも、育児に疲れた時や、不安になった時
ただ静かに寄り添ってくれる
そんな“普通の母親”が欲しかった
余裕なんてない中で
コツコツ貯めた25万円を手渡した
「子どもなんて、一人だけにしときなさいよ」
そう吐き捨てるように言い残し
母は、何事もなかったかのように
私のアパートを出ていった
それからというもの
母は、度々訪ねてくるようになった
40代になった頃
父から聞かされて、私は初めて知った
父から母への送金は
私が20歳になった日を最後に打ち切られ
同時に、父は離婚届も提出していたという事を
ちなみに私は
10代の頃には、すでに実家を出ている

次回
#40 「説明のつかない残高」母の記憶②
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