ブックレビュー「それでも人生にYesと言うために~JR福知山線事故の真因と被害者の20年」
涙もろさは人並みだと思うのだが、本書の第一章から第三章はほとんどボロボロ涙を流しながら読んだ。正直初めての経験だ。
本書はノンフィクションの第一人者で、2005年4月25日に発生したJR福知山線事故の遺族ネットワークである「4・25ネットワーク」とJR西日本が事故後4年近くが経過して始めた「福知山線列車脱線事故の課題検討会」の第三回からオブザーバーとしても参加した柳田邦男が書き上げた本である。
そこには被害者やその遺族が経験した突然の悲劇とその後の人生に付きまとう苦しみや後遺症、起こした事故に対するJR西日本とその社員の自己防衛的な態度、数度の社長交代を経てやっと遺族側と事故の真因解明に向き合うことになった変化、著者の提案で公開されることになった事故発生時の徹底的な「なぜなぜ分析法」の有効性、営利企業における安全第一への組織文化の変革の難しさ、新しい支援の形や医学の進歩による人生の希望等私の専門分野である組織・人事の観点からも極めて興味深いものだった。
今日現在でも毎日事故・災害・戦争などにより被害者や当事者について報道されている(例:台湾の高層マンション火災、インドネシア豪雨、大分市佐賀関の大規模火災等)。
彼らに同情することはあっても、本当の悲しみや辛さはわからない。いや、すべての事故・災害・戦争に同じ程度の悲しみや辛さを感じていたら(「情動的共感」)、感情的に耐えきれず、生きていくことなどできない。そのためには「認知的共感」と「情報的共感」を補完的にとらえ、両方を駆使することで良好な人間関係を築くことができる、という考え方がある。
認知的共感は「理解」に重きを置き、相手の感情を知的に理解することに関する。
情動的共感は「感情のシェア」に重きを置き、相手の感情を感覚的に感じ取ることに関する。
著者は本書の中で、当事者としての生と死を「一人称の生と死」、愛する大切な家族、恋人、特別な親友など、存在のかけがえのない人々の生と死を「二人称の生と死」、自分の生き方や人生に影響を受けるほどのことにはならない他人まで幅広い人々の生と死を「三人称の生と死」とする。
企業内で重要な役割を担う法務対策の部門は、企業及び役員の刑事・民事両面の責任追及を逃れ、被る損害を可能な限り小さくするための法的な対応策などを、企業のトップや役員会に提案あるいは助言する。ここには「三人称の視点」しかない。
その一方、かけがえのない「いのち」を奪われたり、負傷による苦痛をせおわせれたりする被害者を考えると、「冷たい三人称の視点」に留まらず、「一人称、二人称の視点」を配慮した対応が必要だ。
同じ運輸業界でも、大きな事故を経験している航空業界では、「一人称、二人称の視点」が既に配慮されていた。日本航空は2005年に第三者機関「安全アドバイザリーグループ」を発足させ、同年12月に総括と提言書を当時の新町社長に手渡した。
それまで御巣鷹山事故の犠牲者の遺族に柔軟な対応をして来なかったことの反省として、「異なる立場の人々に対しても敬意を払いそういう人々の意見に含まれる貴重な問題意識や提言を真摯に受け止めて生かしていこうとする「心の持ち方」と対応が、「安全文化」の定着につながる」として「2・5人称の視点」が論じられている。
「2・5人称の視点」は、先の「認知的共感」と「情動的共感」の両方を駆使した共感力になってくるのだろう。
著者がオブザーバーとして参加した「福知山線列車脱線事故の課題検討会」は、遺族の有志である「4・25ネットワーク」が「三人称の視点」に終始していたJR西日本の変化を感じ、論点を絞り協働で検証するという苦渋の選択で提案したことがキッカケで始まったものだ。
「4・25ネットワーク」は四つの問題に絞って検討を要望した。それは「日勤教育」、「ATS-P設置の遅れ」、「過密高速ダイヤ」、「組織全体の安全管理」だ。
日勤教育とは、「運転事故」と言われるトラブルが発生した運転士への再教育制度である。そこでは人格否定の事情聴取が行われ、それが運転士への恐怖につながり、その心理的な状態が、福知山線事故のブレーキ操作の遅れにつながっていった。本書ではその実際の「なぜなぜ分析」が「フロー分析図」として掲載されている。
人事の世界では、外資系でよく見れれるPerformance Improvement Plan(PIP)があるが、日勤教育はこれとよく似た目的のものであることがわかる。PIPの方はその文字通りの目的(業績の改善)は忘れられ、むしろ解雇に進む証拠作りのようなプロセスとなることが多々見られる。
日勤教育も、元々は未熟な社員に対するスキル教育だったのだろう。ところが、その原理原則がやがて忘れられ、現場に運用が任されると、恐怖マネジメントに変貌していった。
これは現場主義が神格化される日本の伝統的企業で陥りがちな問題だ。プロセスを標準化することで、全てが解決すると過信し、現場に任せきってしまうと、本来目指すべき目的が形骸化していくのだ。その結果「マネジメント不在」となってしまう。
同様の問題は「過密高速ダイヤ」にも見られる。データを分析すれば無理筋だった標準停車時間(停車時分)と予め設定した不足の事態のための時間(余裕時分)の設定により、各駅への通過時間が慢性的に遅れ、まるで借金を返済するかのように速度を挙げなければいけない、との心理状態に運転士は追い込まれていく。
ベテランの運転士や技術畑の幹部の中には、最終駅到着の遅延を可能な限り短縮する「回復運転」を、腕の見せ所とする「男のロマン」と称する気風があった、という。ここでも列車ダイヤを作成する担当者に一任し、「マネジメント不在」が露呈した。
再び航空業界に戻ると、国際航空の分野ではICAO(国際民間航空機関)の技術委員会が採択して各国に配布している「航空事故調査マニュアル 第Ⅲ巻 改訂版」(2003年)がある。
そこには航空会社が安全を確立するために求められる「組織文化」のチェック項目があるが、JR西日本の事故当時の実態をこれに沿って点検すると、あまりにも乖離していることがわかる。「稼ぐ」が強烈に求められるあまり、「安全第一」といった言葉は全く見られなかった。
既にグローバルな知見が活かされてた航空業界とJR各社間の横並び意識があった鉄道業界では大きな差が見られた訳だ。常に他業界からも学ぶ意識があれば、事故は予防できたのかもしれない。
私自身も長い会社人としての生活の間に、「三人称の視点」に終始したり、「稼ぐ」を唯一の判断基準で意思決定していたことがある。それが組織を離れ、自分自身の価値観で物事を見るようになると、これまで見ていなかった視点を意識するようになり、それがコンサルティングのコアになっていることを感じる。
企業人として会社のミッションに尽くすことは短期的には自分自身の能力向上に寄与することもあるだろうが、長い人生を考えるとあまりにも視点が狭い。
人生100年時代、会社勤務のみが全てと思わないためにも、マルチステージで組織を離れたり、営利目的以外のNPO等の組織に所属して学んでいくことは、結果的に自分自身の幅を広げていくことになるだろう。
その意味で本書は「三人称の視点」から離れ、営利組織の課題を理解する上で絶好のテキストブックになるだろう。是非来年実施する企業研修で取り上げてみたいと思う。
