鎮守の森に佇む大尾神社と護皇神社 【宇佐神宮と応神天皇の謎】
宇佐神宮にある大尾神社と護皇神社を
ご存知ですか?

この2つの神社は宇佐神宮境内マップの表参道大鳥居から左にずーっと真っ直ぐ歩いた先にあります。
かなり外れた所にあるので参拝者は
とても少ないです。
この日も誰ともすれ違いませんでした。

鳥居をくぐり、長い石段を登って行きます。
所々苔生しているので足を滑らせないよう
お気をつけ下さい。
石段を登った先には和気清麻呂の碑があります。

和気清麻呂とは三大悪人である弓削道鏡の宇佐八幡宮神託事件において皇族を断絶の危機から護った忠臣だと言われています。
詳しくはこちらをご参照下さい。

和気公の碑からさらに進むと護皇神社が見えてきました。

鳥居の正面に拝殿があります。

この神猪石は神託事件において和気清麻呂が宇佐の猪に助けられた事から奉納されたのでしょう。

護皇神社からさらに登った先に大尾神社が
あります。
大尾神社の御祭神は応神天皇。
現在の上宮ができるまでの15年間この場所に
鎮座されておりました。
上宮に戻られた後も神聖な場所として八幡神である応神天皇の御分霊をお祀りしてあるとされてます。

護皇神社とは違って大尾神社は鳥居から拝殿が見えない形になっています。
産道が途中で折れ曲がるような作りは魔物が入ってくるのを防ぐ役割もありますが、祀られている神様を呪術的に封印するという意味合いも持ち併せています。
宇佐神宮の上宮や下宮も同じ作りですよね。
さらに、本来神社とは御神体の遙拝所であるのですが、どういうわけか宇佐神宮は御神体の御許山とは逆方向を向いて参拝するという不思議な構図となっています。
私達は一体何に対して遙拝しているのか…

応神天皇は神功皇后と仲哀天皇の子ですが、一説には武内宿禰との間の不義の子であるともされています。
また天皇が7歳でお亡くなりになり、これを隠す為に神功皇后が同い年の竹葉瀬の君を養子に迎えたという説があります。
さらに…福井県敦賀市にある氣比神宮には氣比大神と応神天皇(誉田別)が名前を交換したという神話も残されています。
名前を交換するというのは暗にすり替えられたという事を示唆してるんだと思いますが…
うーん…もう何が何だか混乱してしまいますね。
少なくとも全ての説が本当であるならば応神天皇は3人いるという事になりそうです。

謎は深まるばかりですが…
上宮とは違い、深い森の奥にひっそりと佇む大尾神社では自由に門を開ける事ができるので神様の近くで参拝させていただきました。
帰り道は危ないので最初の石段を降りずに回り道される事をオススメします。
