転職後、高給取り管理職から戦力外通告、そして無職へ。この「会社員トランスファーマーケット理論」を公にさらす。
5回、戦力外通告を受けて気づいたこと
私の経歴8社のうち、いくつかで転職するに至った主な要因は、ある種の「戦力外通告」だった。労働基準法上の法的な観点は、この際除く。今日は、その構造を正直に話す。
キャリアアップや役職者での転職の場合、かなり早期に結果を出すことを期待されている。幹部採用、その会社にとっての高給取りの部類で契約し、経験的にもシニア・ベテランの場合は特にそうだ。
あなたが現状維持の年収で入社したとしても、転職先にとっては大きな投資だ。場合によっては、経営トップ層の給与と同等の支出になる。中小企業であれば、その採用一人で会社の損益が動く。
そういった会社が幹部採用に求めているイメージは、下のリーグにいるサッカーチームが「なんとしても上のリーグにステップアップしたい」と願う姿と同じだ。そうしないとジリ貧になり、やがて解散せざるを得なくなる。だから多少の出費、投資は仕方ない。
要は、スター選手を獲りたいのだ。即戦力で、すぐに点を取れる選手を。
では「すぐに点を取る」とは、具体的に何を意味するのか。営業系の上級職であれば、入社3ヶ月以内に大口の取引先との商談を成功させる。管理系・CFO・役員採用であれば、早期に管理体制を提案できる。前職でつながりのある客先やコネクションを持ち込むことを、暗黙のうちに期待されている。
社長はこれをいちいち言語化して伝えてはくれない。そんなものだと思っている。当たり前のことだからだ。
職務経歴書に役職名や客先名を書いた瞬間、採用側は「このつながりを活かせる」と判断している。それができれば、少なくともしばらく転職先にいることは安泰だ。「スター選手」として機能している間は、ポジションは保証される。
問題は、そのスター性が尽きたときだ。
私は、何度もそのスター性が尽きた側になった。
スポーツ選手よりシビアな世界
スポーツ選手の世界はシビアだと言われている。結果がすべて。勝ち負けが一目瞭然でわかる。
では会社員はどうか。
はっきり言う。キャリアアップ転職や、その会社にとっての重要ポジション、新規事業のポジションは、スポーツ選手の移籍よりもシビアだ。
私は4度、失敗した。3度目の正直も叶わなかった。
入社から1年が経過し、ようやく転職先での仕事に慣れ始める。その会社独自のスケジュールや会議体、同僚のキャラまで把握し、うまくやれている気がしてくる。
錯覚だ。
会社はあなたに、表面的な過ごし方をうまくなぞることを期待しているのではない。あなたは新卒社員ではない。一刻も早く成果を上げてほしいと思っている。
特にオーナー社長はそうだ。側近たちもシビアだ。いつオーナーにあなたの現状をうまくサマリーして伝えようか、常に画策している。それが彼らの仕事だからだ。
オーナーや経営層が見たいのは、リーダーシップがはっきりと見て取れる何かだ。
スポーツ選手なら、勝ち負けの数やKPIで即座に数値化される。会社員は1年で成果を上げるのは難しい、というのは上層部もよくわかっている。だからこそ、数値化できない何かを見ようとしている。
それが何かを、私は4度失敗するまでわからなかった。
正直に言う。4度の失敗に、共通するパターンがあった。
入社後、まず「現状把握」に時間をかけすぎた。問題点を洗い出し、整理し、提案の準備をした。それ自体は間違っていない。でも、それをやっている間に、経営層の目線は別のところに向いていた。
「この人は、動く人か、動かない人か。」
経営層が最初に見ているのは、そこだ。提案の精度ではない。完璧な計画書ではない。小さくてもいいから、自分で判断して動いた形跡があるかどうかだ。
私はいつも、動く前に考えすぎた。そして、考えている間に評価が固まっていた。
トランスファーマーケットの論理から外れてしまったのだと、今ならわかる。期待されていた「即戦力の点取り屋」として機能できなかった。あるいは、機能できたとしても、次の期待値がさらに上がり、追いつけなくなった。サッカー選手が移籍先で活躍できずに戦力外通告を受けるのと、構造は全く同じだ。
元日本代表サッカー選手の本田圭佑が10カ国以上を渡り歩いたように、私も8社を転職した。華やかには聞こえない。でも、そういう時代になったのだと思っている。
4度失敗して、ようやくわかったことがある。最初の3ヶ月でやるべきことは、小さな成果を見える形で作ることだけだ。荒削りでもいい。「この人は動く」という印象を作ることだ。
それでも、5度目の通告が、ある日突然やってきた。
密室の戦力外通告
家族は私が何の仕事をしているのか、ここ何年も知らない。今現在も知らない。転職社数も知らない。
一度、「何の仕事してるの?」と純粋な心で聞かれたことがある。答えられなかった。なぜか恥ずかしさが先に来た。だから役職だけ答えた。
そんな私に、それはシーズンの終わり近くに、突然やってきた。
突然スマホが鳴った。画面には、人事の番号があった。会議室に来るよう指定される。何とも言えない予感がした。
ふと今シーズンの自身の成績を振り返る。一年目だ。トータルの実績では及ばなかったが、KPIは達成したはずだ。いったい、まさか、なんだろう。
ネクタイを締め直して、会議室のドアをノックする。奥のソファに案内される。前には役員と人事部長がいた。平静を装ってはいたが、相手の表情があまりにも暗く、硬かった。緊張感が増幅する。
そして、
「来期のことだけど……」
ここまではどこかで聞いたことがあるかもしれない。プロ野球の戦力外通告と、全く同じだ。
「契約しません」とは言われない。代わりに、
「来期の給与と役職はこうなります」
と告げられる。目の前のシートには、何割かダウンした給与と、その給与に見合った役職が記されていた。
会議室のドアを閉めて、茫然と歩く。このあいだまで仲良く話したこともあった、これまた転職組の人事部長の表情を思い返す。芝居していたのだろうか。こういうことを仲間に告げるのは辛いのだろうか。
ここでどうするかだ。来期の給与ダウンと降格を受け入れて会社に残るか。もうひとつは、今の年収と役職のままで今期限りで退職するか。
退職勧奨ではない。つまり辞めてしまうと、即無職になる。
私は迷わず退職を選んだ。
沈黙の八ヶ月
ブランクの期間は二度ある。一度目は8ヶ月。二度目は3ヶ月ほどだ。
家族はいた。だが、このことは知らない。伝えなかったからだ。
スーツに着替え、いつも通り家を出た。行きつけの喫茶で半日を過ごし、これまで通りの時間に帰宅した。それを8ヶ月、繰り返した。
WiFiが途切れず、席ごとに電源がある喫茶店は、ありそうでない。結局、高級住宅街まで原付で通うことになった。いつも同じ場所に座り、パソコンを開き、求人を探し、応募書類を書き、エージェントとやり取りをした。
ある日、携帯が鳴った。パソコンを開けたまま席を立ち、ガラス戸の外で話していると、隣の席のマダムが体を傾け、首を伸ばして私のパソコンを覗いていた。
前の席の人も止める様子がなく、しばらく続いた。昼間の有閑マダムの生態だ。
今となっては笑える話だが、当時はそれどころではなかった。
はじめてハローワークを使い、失業手当の手続きをした。失業時は社会保険関連の手続きが煩雑で、負担額も大きい。これが想像以上にきつかった。
預金と失業手当はあった。それでも足りない分は、ヤフオクで私物を売って食いつないだ。
家族に言えないほどの状況だった。親に言えるはずもない。盆暮れ正月、GWに必ず会う親友も、私のブランクを知らない。そういうことはタブーの世代だ。
きつかった。ただ、それだけだ。
当時のメールを見返すと、ブランク中も相当な数の応募をしていた。動き続けることしか、できなかった。動いていないと、気が狂いそうだったからかもしれない。
ブランクを抱えて転職活動をしている人に、一つだけ伝えたいことがある。
転職エージェントとはブランクの説明の仕方について何度も話し合った。だが実際の企業面接で、ブランクについて聞かれたことは一度もなかった。私が採用側にいたときも、あえてブランクにフォーカスして質問したことはない。それが現実だ。
今となっては、いい思い出かと聞かれたら、そうではない。ただ、そんな時期もあったな、という感じだ。
スーツを着て家を出て、喫茶店でパソコンを開き、応募し続けた8ヶ月。誰にも言えなかった3ヶ月。あの時間は無駄ではなかった。動き続けたことが、今につながっている。
覚悟のある選手しか立てない場所
トランスファーマーケットには、覚悟のある選手しか立てない。
私はそれを、5度の戦力外通告と、8ヶ月の沈黙を経て知った。スター性が尽きれば、契約は切られる。それがどれほど残酷でも、それがこの市場のルールだ。
ビズリーチや転職サイトで幹部ポジションの求人を見つけたとき、華やかな役職名や年収額だけを見て応募するのは危険だ。
採用する側は、スター選手を獲ろうとしている。期待に応えられれば安泰だ。応えられなければ、早期に戦力外通告が来る。
それを理解した上で、それでも「自分はすぐに点を取れる」と思えるなら、応募してほしい。
そして、もし通告を受けたなら。
ブランクがあることを恥じている人へ。あなたは一人じゃない。黙って動き続けた人間が、ここにいる。
トランスファーマーケットは、覚悟のある選手のためにある。だが覚悟だけでは、勝てないこともある。
それでも、舞台を降りた後も、次の舞台を探し続けることだけは、誰にも止められない。
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