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「やむを得なかった」        ― 看取りと、娘としての後悔のあいだで ―

長くケアマネジメントに関わらせて頂いていると

「本当にこれで良かったのだろうか」

と、ご家族が自分を責め続けてしまう場面に出会います。

今回のお話は、

“最善を尽くしたのに、心だけが納得できなかった”

ある娘さんのお話です。


愛情の平手打ち

ご夫婦を担当させていただいたのは、もう何年も前のことです。

奥様はアルツハイマー型認知症。

私が関わった頃には、顔を覚えることも難しくなっていたようでした。

それでも、なぜか私を見ると、

「良い男だねぇ。」

と褒めてくださいました。

今思い返しても、少し照れくさく、でも嬉しい記憶です。

ある日、

「今日はおきれいですね。」

と声をかけたところ、

ぱしん、と頬に平手打ちが飛んできました。

もちろん怒っていたわけではありません。

どこか照れ隠しのような、

“愛情の平手打ち”でした。

気丈で、気が強く、自分の意思をしっかり持った方でした。


自宅での生活の限界

そんな奥様も、徐々に自宅での生活が難しくなっていきました。

最終的には、グループホームへ入所されることになりました。

ご主人はとても温厚な方でした。

毎日血圧を測り、

体調を記録し、

制作活動も楽しみながら生活されていました。

穏やかで、丁寧で、

どこか昔気質な誠実さを感じる方でした。

奥様とは対照的な性格でしたが、

長年連れ添ったご夫婦には、言葉にできない空気感がありました。


長女が背負っていたもの

同居されていた長女さんは、

長く管理職として働いてこられた方でした。

仕事をしながら、

認知症の母を支え、

父の生活も支え続けていました。

とても責任感の強い方でした。

定年が近づく頃には、

「これからは親のことをしっかりみたい。」

という気持ちが強くなっていたように思います。


父の肺がん

そんな中、ご主人に肺がんが見つかりました。

徐々に体力が落ち、

肺炎で入退院を繰り返すようになりました。

長女さんは、

  • 高齢者の終活

  • 在宅看取り

  • 緩和ケア

などの研修へ熱心に参加されていました。

「最後は家でみてあげたい。」

その思いが強く伝わってきました。

知識を学び、

準備を整え、

覚悟も決めていたのだと思います。


命がつながる時期

そんな矢先、

ひ孫ちゃんが生まれることになりました。

長女さんは、遠方に住むお孫さんのもとへ何度も通うことになります。

初めての子育て。

不安の中で頑張る娘さんを放っておけなかったのでしょう。

でもその一方で、

父親の状態は不安定でした。


「病院なら安心だから」

長期間家を空けることになる中、

ご主人自身は、

「病院なら安心だから。」

と前向きに話されていました。

そのため、地域包括ケア病棟へ入院することになりました。

地域包括ケア病棟は、

急性期治療を終えたあと、

すぐ自宅へ戻るには不安がある方や、

在宅療養へ向けた調整が必要な方が利用する病棟です。

リハビリや医療管理を受けながら、

自宅復帰を目指す役割があります。

また、

ご家族の介護負担を一時的に軽減する、

「レスパイト(介護者支援)」

という役割を担うこともあります。

介護を続けているご家族が、

  • 体調を崩してしまった

  • 少し休息が必要

  • 家族の事情で一時的に介護が難しい

そんな時、

安心して預けられる場所として利用されることがあります。

娘さんとしては、

「戻ったらまた家で。」

そんな気持ちもあったのだと思います。


遠方で届いた連絡

遠方へ行っている間、

病院から急変の連絡が入りました。

看取りが近い状態でした。

長女さんは揺れていたと思います。

父のそばにいたい。

でも、子育てで苦しむ娘も支えたい。

どちらも大切でした。

どちらも、見捨てることなどできませんでした。


最後は病院で

ご主人は、

そのまま病院で最期を迎えられました。

好きな病院でした。

安心できる場所でした。

苦痛も少なく、

穏やかな時間だったと思います。

私は、

「ご本人にとっては、安心できる最期だったのではないでしょうか。」

そう感じていました。

でも、

長女さんの心だけは違いました。


「家でみてあげたかった」

後日、お線香をあげに伺った時、

長女さんはぽつりと話されました。

「やっぱり、家でみてあげたかった。」

その言葉には、

後悔と、

愛情と、

自分を責める気持ちが混ざっていました。

きっと何度も、

「もし、あの時…」

を考えたのだと思います。


“やむを得なかった”という現実

私は、

「やむを得なかったんですよ。」

もっと良い言葉があったかもしれませんが、

そうお伝えしました。

本当にそう思っていました。

人は、

ひとつの命だけを支えて生きているわけではありません。

親も大切。

子どもも大切。

孫も大切。

人生には、

どうしても両立できない瞬間があります。

その中で、

その時できる精一杯を選んでいた。

それだけだったと思うのです。


正解のない看取り

在宅看取りという言葉には、

どこか“理想”のような響きがあります。

でも実際の現場では、

  • 家族の仕事

  • 距離

  • 介護力

  • 体力

  • 精神力

  • 子育て

  • 経済面

たくさんの現実があります。

だから、

「家で看取れなかった=失敗」

では決してありません。

本人が安心できる場所で、

大切に思われながら過ごせた。

それも立派な看取りだと私は思います。


愛情があるからこそ、後悔する

介護の現場では、

後悔しない人はいません。

もっとこうできたかもしれない。

あの時違う選択をしていたら。

誰もがそう思います。

でも、

後悔するのは、

本気で大切に思っていた証拠なのだと思います。


最後に

認知症の母。

肺がんの父。

仕事。

看取り。

遠方での子育て支援。

長女さんは、

人生のいくつもの役割を同時に背負っていました。

その中で選んだ道は、

決して楽なものではありませんでした。

それでも私は、

十分すぎるほど頑張っておられたと思っています。

介護には、

教科書どおりの正解がありません。

だからこそ、

その時その時で、

悩みながら選んだ道を、

誰かが「それで良かったんですよ」と支えることも大切なのだと思います。

今でも私は、

あの長女さんの、

「家でみてあげたかった。」

という言葉を時々思い出します。

そして同時に、

“やむを得なかった”

という現実の重さも、忘れられずにいます。

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