津田さん あるいは葱を買わなくてもがっかりすること
これは『葱』をどう読むか、の番外編のような話。
お君さんは葱によって田中君を退ける。これを田中君を失望させたとか、呆れさせたとか、がっかりさせたというような様々な捉え方が出来ると思う。まあ、「冷めた」「引いた」というところだろうか。
これは単に「家庭的なところを見せたから引かれた」ということではないと思う。
※ここに実話挿入。
キャンプの時のことだった。飯盒炊爨の為に米を研いでいた。
私の家は比較的米に凝る方で、米の炊き方にも凝り、なおかつ私は趣味で家事を手伝い、料理には詳しい方だった。我が家では胚芽米を使ったりしていて、お米のとぎ方も色々知ってはいた。米の状態を見て、その時は汚れを取るくらいの感じでいいかなと思っていた。親指の腹できゅっきゅっと鳴らして、濁りが完全になくなるような研ぎ方は必要ないなと思っていた。
そして飯盒に米を沈め、浮き上がるゴミをつまんでいると津田さんがやってきた。
津田さんというのは、いわば学級委員というか、長女タイプというか、成績も良くて、けして御姫様ではないが、だからこそしっかりしている女性のリーダー的存在であり、自分自身も、そしてクラスのみんなも、女ボスだと思っていたに違いない。美人と云えなくもないし、人気者でもあった。
その津田さんが飯盒からゴミをつまみ上げている私を見かねて、「どきなさい」と言ってきた。
そりゃ、退くしかない。
津田さんは例の親指の腹できゅっきゅっと鳴らして、濁りが完全になくなるような研ぎ方を始めて得意げに私の顔を見た。と、その途端にバランスを崩した飯盒から米が半分くらい飛び出した。
※ここで実話挿入終わり。
今にして思えば「津田さんは俺に気があったのか」と呑気な感想が出る。しかし津田さんにとってはそんな呑気な話にはならないと思う。出来れば私には死んでほしいだろう。米をこぼすって……、と今でも笑われている気がして納得がいかないだろう。そもそも私は津田さんに惚れてはいないが(津田さんは面長、いわば馬顔で、私の好みではなかった。)、その時引いたのは事実だ。
米を研いでいて米をこぼしたから引いたのではなく、親指の腹できゅっきゅっと鳴らして、濁りが完全になくなるような研ぎ方を始めたから引いたのでもなく、その見せかけの家庭らしさに引いたのだ。
津田さんは泣いたのか詫びたのか、はたまたそのまま立ち去ったのか、私は一切記憶していない。そこから後は本当にどうでもいい馬面の女の子の話なので。
キャンプって、いや飯盒炊爨って残酷やね。
